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Herald Tribune asahi
富士鳥居 代表取締役 栗原直弘
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横文字の看板
日本人ほど自国の伝統や文化のすばらしさに気が付かず、またそれらを蔑ろにしている民族も少ないかもしれません。現在、私の店のある原宿・表参道にはローマ字の看板が溢れ、むしろ日本語の看板を探す方が難しいでしょう。そして、それらの店には海外のブランド品や他のアジアの国で作られた量産品が溢れ、純粋に日本の製品を売っているのは、私の店を含めて数軒になってしまいました。
これが今の日本の現状であり、海外から来た外国人の方々が、本当に日本の「事」や「物」に触れたいと希望しても、それはかなり難しくなりつつあります。
このことは、日本人自身よりも、むしろ在日外国人の皆様の方が切実に感じているかもしれません。
 

 
日本的な「事」と「物」
特に先の大戦の後、日本人は自国の伝統や文化、また美術工芸品などを省みることなく、日本の伝統や文化が、日本人自身にとっても、特別な「事」や「物」になり始めています。このような現象は、昨年から本誌に3回に渡って掲載された、私のコラム(www.fuji-torii.comで公開中)で書いたように、日本という国そのものの存亡に関わる一大事だと考えています。
弊店に訪れる外国人観光客の中には、「表参道は美しい街だが、これではニューヨークに行っても同じ。」と、おっしゃる方がおられます。しかし、これが今の日本の現実であり、外国人の方々が「日本的」と感じる京都や飛騨高山も、ある意味では、アメリカにおけるネイティブアメリカンの居留地のように、日本らしく演出された日本であることも知っておくべきでしょう。
 
門松とクリスマス・ツリー
今年の正月、この表参道において、日本の伝統的な新年の飾りである「門松」を立てていたのは、私の店を含めて、数えるほどでした。「門松」とは、日本において新年を迎えるために立てる、言ってみればクリスマス・ツリーのようなもので、新年を迎える一連の行事の中でも重要な飾りなのです。
もちろん、「門松」を立てないということには、宗教的な見解や経済的理由、また店舗のデザインや建築との調和の問題もあるかもしれません。しかし信仰に関係なくクリスマス・ツリーを飾る日本でありながら、つつがなく新年を迎えられた喜びと、新しい歳の幸せを祈る「門松」は、年々この表参道から姿を消しているのです。
 

 
温故知新
私が前3回のコラムに引き続き、日本の伝統や文化の危機を訴えているのは、ただ闇雲に伝統や文化を賛美しているのではありません。さらに、すべての日本人が日本を好きな訳でも、日本という国を残したいと思っている訳でもないことも十分承知しています。では何故このようなコラムを書いているのか、それは私が、日本の伝統や文化を支えてきた日本人の考え方や在り方に、人類が21世紀を穏やかに生きるヒントが隠されていると考えているからなのです。
20世紀後半の科学やコンピューター技術に代表される文明は、人類に多くの利便性をもたらしました。しかし、今その代償として、人にも地球環境にも多くの歪が現れています。私は、そのような歪を是正するヒントが、昔の日本人の考え方や在り方にあると考えているのです。
日本には「温故知新」という言葉があります。それは古い事の中に新しい事のヒントが隠されているという意味でもあるのです。
 
(つづく)
 
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