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Herald Tribune asahi
富士鳥居 代表取締役 栗原直弘
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美術市場の混乱
現在、全世界的に絵画や美術工芸、古美術や現代美術を含む美術市場が大きな混乱をきたしている。その原因は、約20年前に日本で起きたバブル経済と同じように、幻想や思惑によって膨らんだマネー、国を越えた金融資本が投資先を求めて美術品市場に流れ込んでいることによる。それらは、美術品本来の需要ではなく、投機の材料としての需要、言い換えれば、「美」を必要としない実態の無い美術品の需要である。
 
正に、日本のバブル期を彷彿とさせる世界規模で蠢く中国やロシヤのマネー、また投資ファンドによる美術品への投資がさらなる投機を呼び、近年多くの美術品が本来のコレクターや美術館の手の届かない価格で売買されている。
約20年前、国際金融資本の思惑による日本の金融政策の変更によって、不動産につられる形で美術品の価格も、それ以前に比べて数倍の高値を呼び、後のバブル経済崩壊後には、バブル以前の価格を下回った。それは、当時の美術品相場の高騰によって純粋な「美」に対する需要を蹴散らし、さらに後の下落によって一般の人々の美術品に対する信用を失墜させた結果である。
 
もちろん資本主義の原則からすれば、一番の高値を付けた者がそれらを所有するのは当たり前であり、思惑による相場の乱高下こそが利の元であろう。しかし、そのような経済の原理主義を、人類全体の宝とも云うべき絵画や美術品に、安易に当て嵌めてよいものだろうか。
 
第五節の趣旨
世間一般には、古美術や美術品と云うと、「高価な物」、「値段があって無いような物」などの認識があるようだが、美術品はすべてが高価な訳でも、値段が曖昧なわけでもない。確かに先日のオークションで取引された運慶の仏像のように十数億の物もあるが、一口に美術品と云ってもそのジャンルは幅広く、また、その質と価格は正にピンからキリまである。ましてこの世界には贋物すら存在するのである。
これは美術品に限らず、物やサービスの価格は相対的な価値観の中にあり、価格の高い安いは、それぞれの人の価値観や金銭感覚によるものである。かつて、或る自動車メーカーの宣伝に「高い百万円もあるが、安い百万円もある。」という銘コピーがあったが、正にそれは我々の価値観によって価値も代価も変わるということであり、人それぞれの美術品に対する知識や意識によって金銭的な意識が違うということである。
日本のバブルの頃、弊店の外国人のお客様に、「日本人は貧しい、高価な欧州車を買える人は多くても、自国の美術品の価値を知る人が少ない。」と言われ、一人の日本人として恥ずかしい思いをしたが、誠に残念な事に、今でも日本人は自国の美術品よりも外国のブランド品の方に価値を見出しているようである。
 
言うまでも無く、日々の食料や生活に困窮している人達にとって、美術品などというものは無用の長物であろう。むしろ、世界中の多くの国が最低限の食糧や医薬品すら手にできない中で、美術品を愛で、語れる余裕のある国に生れたことを、我々は天に感謝すべきではないだろうか。
 
このコラムの冒頭でお話したように、美術品はこの20年で、その需要形態ばかりでなく、それらを取り巻く環境が著しく変化した。一昨年の秋から続く、この「日本人の日本知らず」というこのコラム(バックナンバーはwww.fuji-torii.comで公開中)の、今回から始める第五節では、日本と世界の美術品の市場を比較しながら、「美術品の流通の仕組み」や「美術品の価値や価格の基準」、そして「美術品の成り立ち」や「美術品とは何のために存在するのか」、さらに「美しいとはどういうことか」という「美の概念」をも含めた、「そもそも論」から考察したいと希望している。
 
生活には必要ないもの
そもそも美術品などというものは、人間の根本的な欲求である「生存本能」や「種の保存」には無用のものである。しかし、「美しいと思う心」、「美しいものを欲する」という行為は、ある意味では、人間が人間であることの証ではないだろうか。もちろんその裏側には、人間の複雑な意識や欲望が見え隠れするのである。
 

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すべてを金銭的な価値に置き換えて物事を評価、判断する現代において、人の心を映す美術品すら投機の対象となり、美術品はその本来の意味を失いつつある。またその裏では、純粋な「美」への評価を逸脱して、その価格を吊り上げるために多くの仕掛けやシステムが構築され、むしろ美術品本来の価値を台無しにすることさえある。 私は、20世紀を「物質の時代」、そして21世紀を「心の時代」として捉えている。そして、資本主義というシステムが破綻しつつある中で、世界は加速的に灰色の無機質の世界を構築しているように思えてならない。私は、この混沌とした時代にあって、人間が人間らしく生きるためのヒントが、人間が美術品を愛でる心に、あるのではないかと考えている。

 
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