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Japanese People Do Not Know Japan
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「純粋芸術」とは

前回、前々回の二回に分けて、一般に芸術や美術と呼ばれる物の中から、人が「美しい物」を造ろうとして成された「純粋美術」と、「人間の意識」を表現しようとして成された「純粋芸術」の違いをお話ししてまいりました。前出の二つ以外にも、我々が「美」として認識している物には「学術的な美」や「収集家の美」があります。今回お話しする、この2つの「美」の内、「学術的な美」とは、歴史的、学問的にも価値がある「美」であり、日本で言えば、古代の土器や埴輪、古文書や消息(手紙)、歴史的な書や絵画などを指します。それらは、学術研究の素材であると同時に、自然発生的な「美」を宿し、一部は美術品としても評価されています。
 
また、「収集家の美」とは、例えばクラッシック・カーや‘60年代のジューク・ボックスなどのように、たとえそれらが工業製品であっても、そのデザイン性や希少性によって評価され、コレクターの間では一定の価値と価格を維持している「美」を指します。もちろん、それらが手造りであれば、より評価が高く、その値段も高価でしょう。しかし、このような「美」は、それらの価値を認める人達にとっては、特別な「物」ではありますが、すべての人がそれらの価値を評価する「美」ではありません。
 
芸術の意味

この第五節の一つのテーマでもある、「美とはエネルギーである」という観点か言えば、クラッシック・カーなどは、鉄やその他の素材を創造した地球のエネルギーに始まり、自動車というもの自体を発想し、開発した人々のエネルギー、また、それぞれの技術や時代を反映したデザインを生み出した人々のエネルギーを含んでいます。また、それが考古学的な遺物であれば、古代の人々のエネルギーと共に、長年に渡り地中や海中に没していた間の腐食や侵食といった地球のエネルギーを含み、調査や発掘、保存や研究に関わった人達など、すべてのエネルギーを内包していると考えています。
 
今回の論考で云うエネルギーとは、意思と情報を持つ波動であり、その波動を封じ込めた「物」は、それぞれ特定の振動数を持ち、それぞれ特定の周波数の波長を出していると考えています。たとえそれが量産品であったとしても、形となって私達の目に触れ、手元に届くまでには、基本となるデザインや原型、パッケージや宣伝広告といった、多くの人のエネルギーが込められ、またさまざまな人の手を経て流通し、或いは流通業者や販売員のエネルギーなどのエネルギーも含まれているのです。そのようなエネルギーの波動が、すべての「物」に含まれ、一つの形をなしていると考えています。
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日本の在り方

今回は、「美」というものをお話しするために、便宜上、4種類に分けてはおりますが、ここで改めて皆さんに確認しておきたいのは、「芸術作品」の方が「美しいだけの美術作品」より優れているとか、一部のコレクターだけのアイテムだから価値が無いとか、考古学や歴史には興味がないから無意味ということではありません。それらは、ただ存在の違いであり、在り方の違いがあるだけで、これらには優劣も貴賎もありません。
 
それが美術品や芸術作品、コレクターズ・アイテムや古代の遺物であろうと、人はさまざまな品物に「美」を見出し、また収集してきました。それは、人がそれらに宿るエネルギーの波動を感じ、その波長と同調することで、理屈の領域を超えたところで、むしろ我々がそのようなエネルギーに引き寄せられてきたのです。もちろん、中には「美術品や工芸品など、タダでもいらない。」という人もおられます。だからといって、決してその人に「美」を愛でる能力がないのではなく、そのような人は美術品などとは波長が合わず、それ以外の何かと波長が合っているに過ぎないのです。
 
「本物」から「本質」へ

現在の流通の現場ではさまざまな物が芸術や美術として取り上げられ、市場に溢れています。今回の第五節において、「美」の在り方を4種類に分けてお話ししているのは、現在流通している物の中には、マスコミや金融資本の力を使い、さまざまな手法で、本来は価値のないものを「美」として流通させているものがあるからなのです。確かに、オークションでの落札価格や、それぞれの作品のバックグラウンドを見る限り、あたかも価値のある「美」に見えるものでも、実はさまざまな方法で価値を捏造した「美」が多いのです。
 
そのような「美」の価値の捏造の手法は次回からお話しすることとして、先ず以って、読者の皆様には「美」というもの自体の意味、そしてその本当の価値をご理解いただきたいと願い、この第五節を書いているのです。昨年の秋からお話してきたように、「美」の価値は、それぞれの成り立ちや在り方、また需要の意味や評価によって異なり、さらにその金銭的な価値はそれぞれの時代によっても変るものなのです。だからこそ、読者の皆様には、先ず皆様が「美」として認識されている物の実像をご理解いただきたいと希望しています。俗に「本物」といわれるものは、付加価値やテクニックによって捏造することが可能であり、現在の混沌とした時代にあって、多くの「本物」が捏造されています。だからこそ、これからは「本物」の「美」を見分ける「眼」ではなく、「美」の本質を知る「意識」を持つべきなのです。
 
つづく
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