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Herald Tribune asahi
Japanese People Do Not Know Japan
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「純粋芸術」とは

前回の10章では、現在日本製として売られている美術品や工芸品の中には、日本のデザインを他のアジアの国でコピーされたものが多く含まれているというお話しをいたしました。確かに、日本の美術工芸品も、他のアジアの国々で作られた美術工芸品も、西洋人の目から見れば同じ東洋の工芸品で、そっくりにコピーされた商品であれば、その違いを見極めるのは難しいでしょう。また、アジアという括りで考えれば、同じものだとも言えるでしょう。しかし、私の店や私自身が何故「日本製の手造り」に拘るかといえば、それは、それぞれの国の美術品や工芸品は、それらを生み出した国の気候風土や歴史に裏打ちされ、それぞれの民族が長年に渡って守り伝えてきた伝統や文化でもあるからなのです。言い換えれば、それぞれの国の美術品や工芸品は、民族の「血」によって成された「魂」の産物であると考えるからなのです。
 
芸術の意味

世界中の美術品や工芸品のルーツを探れば、その発祥や製作技術のほとんどを古代エジプトに見ることができます。そのような技術が世界中に広がり、それぞれの土地の風土や素材と結び付き、自然淘汰されながら変化し、それぞれの民族の伝統や文化と共に独自の発展を遂げてきました。故に英語では、そのような工芸技術が花開いた国の名を採って、陶磁器全般を「china」といい、漆や漆製品を「japan」と表現するのです。
 
以前、このコラムでもお話ししたように、この日本という国が極東にある島国であり、もうこれ以上陸地が無いという地勢にあることで、大陸から移動してきた人々の情報や文化の終着点として、それらを受け入れて熟成させるという独特の民族性を生み出しました。このことは、美術品や美術工芸の発展にも大きな影響を及ぼし、奈良東大寺にある正倉院の宝物を見るまでも無く、日本人は海外からもたらされた多くの文物を独特の感性で発展させてきたのです。これは、古代から日本人という民族が大陸からたどり着いた多くの人や物を受け入れ、その文化や技術を取り入れてきた、享受と受容の精神のなせる業でしょう。
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日本の在り方

美術品や工芸品は、それぞれの国の伝統や文化とは切っても切れない「食」と同じようなもので、それぞれの土地で取れる食材を始めとして、それぞれの土地の気候や風土と深く結びき、フランス料理、中華料理、和食などなど、さまざまな料理と料理方法があります。このような食材と料理は、それぞれの土地や地域に根差した大自然のエネルギーと人々のエネルギーとの融合であり、この第五章でお話ししてきた「美」と同じく、「食」という名のエネルギーでもあるのです。
 
読者の皆さんはご存知の通り、日本、特に東京では世界各国の料理が食べられます。さらに近年ニューヨークなどの大都市では、日本人のシェフによるフランス料理やイタリヤ料理、中華料理なども見かけるようになりました。しかし、私は日本人シェフが作るそのような料理は、フランス料理やイタリヤ料理、また中華料理ではなく、それぞれの様式で造られた日本料理だと考えています。もちろん世界中に、ただ形だけを真似たフランス料理や中国料理も多くありますが、日本人が作る他の国の料理は、それぞれの料理が生れた土地の気候風土や素材に関係なく、日本的な素材選びと、日本人の感性によって工夫され、オリジナルとは違う料理になっていると考えています。
 
「本物」から「本質」へ

長く、「物まね」「猿まね」と言われてきた日本人ですが、前項でお話ししたように、日本人には物事を受け入れ、熟成させて発展させる、という特技があります。これは、美術品や工芸品にもいえることで、昔から日本人は、渡来したさまざまな文物や技術を受け入れ、自らの伝統や文化に融合し、独自の物に改良してきたのです。このことは、日本が二千年の永きに渡り、他国に侵略される事なく続いてきたことや、鎖国政策を取ってきたことも大きな要因の一つでしょう。
 
時折、ヨーロッパ・ブランドがアジアの国でコピーしたニセモノの時計やバッグを回収し、廃棄処分にする映像を目にすることがありますが、いくら精巧に出来ていたとしても、コピー商品はコピー商品であり、ニセモノはニセモノでしかありません。そのようなコピー商品やニセモノには、ブランドを生み出し育て上げてきた人々のエネルギーばかりでなく、それらを楽しむ人の為を考えた物造りの「技」や「心」も篭っておらず、ただ金銭的な利益を得るためだけの卑しい意識しか宿っていません。もちろん、より多くの人が、より良い品質のものを、より安く購入できることには異存はありません。しかし、このような無秩序なコピー商品や廉価品の蔓延によって、日々世界中の多くの国の伝統工芸と、その技術が失われ、民族の「伝統」や「文化」、「誇り」や「魂」までもが失われているのです。私はこのような現状に警鐘を鳴らすためにも、このコラムを書き続けているのです。
 
つづく
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