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Herald Tribune asahi
Japanese People Do Not Know Japan
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品物の価値

明治の開国によって日本に欧米的な意識や価値観が導入されるまで、日本には「美術」や「芸術」という言葉はありませんでした。それまでの日本人には、美術品や芸術品という概念はなく、すべて生活の中にある調度や装飾品であり、例えば絵画なども、絢爛豪華な大名の屏風から一般の庶民が楽しむ木版摺りの浮世絵まで、それぞれの需要と供給の違いがあるだけでした。
 
今、古美術と呼ばれているものも、その当時は特別な美術品や芸術品を作ろうという意識ではなく、すべて真面目な日本人気質によってつくられた実用品でした。ただ、以前このコラムでもお話したように、日本には「普段着と余所行き」という文化があり、「普段使い用」「晴れの席用」、「贈答品」や「献上品」など、それぞれの用途によって、それぞれの「格」と「出来」の違いがあるだけでした。そして、その出来の違いとは、注文主の予算による、それぞれを制作する職人や作家の技量の違いであり、それぞれが内包するエネルギーの違いがあるだけでした。
 
ハンマープライス

海外の多くの美術館が数多く所蔵し、高い評価を得ている浮世絵と呼ばれる江戸時代の木版画も、その当時は高価な肉筆の絵画が購入できない一般庶民用の印刷物であり、今でも繰り返し数多くが印刷されています。日本の浮世絵は、19世紀末から20世紀初頭の欧米に、その独特の構図と表現によって衝撃を与え、ルノアールやゴッホが影響を受けたことは読者の皆様もご存知でしょう。しかし、日本では一般庶民の楽しむための印刷物であり、明治初期の紙の乏しい時代には陶磁器を輸出する際のクッションとして、墨摺りの絵草子などをちぎって詰めたように、所詮は廉価版の印刷物でしかなく、消費、消耗される物でした。
 
二千年の歴史の中で、日本には肉筆の絵画も数多く存在し、江戸期だけでも、土佐派、狩野派、琳派などの絵師が技術者を育成し、公家や、大名、経済力を付けた商人達の需要に応えていました。それ以外にも、近年Mr.Priceコレクションの公開によって再評価されている伊藤若冲から現在三井記念美術館で公開中の柴田是真の絵画まで、江戸時代に生まれた画家だけでも綺羅星のごとくそれぞれの個性を輝かせてきたのです。しかし日本では、このような人気作家の作品は、浮世絵などのように街場で売られることはなく、そのほとんどが注文制作であり、一般に公開されたり、流通システムに乗って売買されることはありませんでした。
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フィクション

明治の開国によって欧米から持ち込まれたシステムの中で、日本が一番大きな影響を受けたのはヨーロッパ型の市場経済でしょう。食物や労働を始めとして、すべてを貨幣という価値に置き換えるシステムは確かに合理的であり利便性の高いものでした。しかし、この流れの中で日本の美術品や工芸品、また古美術もその渦に巻き込まれて行きます。そして、美術品や古美術などの市場価値を確立し、金融商品として流通に載せるためには、それらの公な評価と、その評価を周知徹底する必要があり、展覧会や博覧会といった、公の場や組織や評論家の評価が必要となってゆきました。
 
欧米ではすでに18世紀の産業革命後の新しい資本家の誕生により、それまでは日本と同じように調度や装飾品であった美術品や工芸品を流通に載せるために、金銭的な評価と価値判断が進められてきました。そして、それらの価値や価格を決めたのが、いわゆるサロンやオークション、またそれらを支えるオーソリティーといわれる研究者や評論家による評価や価値判断であり、美術品や古美術を金融商品の中に取り込んできたのです。
 
価値の捏造

私がここで読者の皆様に是非一度お考えいただきたいのは、例えばゴッホの作品が何故、数億ドルの価値があるのか、私達は「ゴッホは高い。」という刷り込みによって判断しているのではないかということです。もちろんゴッホばかりでなく、すべての美術品や古美術の相場は何を基準にして、誰がどのようにして決めているのでしょうか。日本ばかりでなく、世界中に職人や作家と呼ばれる人がおり、もちろん、その中にはただのパフォーマンスや独りよがりの物造りをしている人も多くいます。しかし、いわゆる評論家やマスコミが評価しない作品や市場的な価値の無い美術品や工芸品には価値が無いのでしょうか。
 
今回、写真を掲載した江戸中期1750年頃に書かれた、いわゆるお大名の調度である源平合戦図屏風はゴッホの作品の10分の一ほどの価格です。ではその価格違いはなんなので商家。美術品ばかりでなく、私達が基準としている価値や価格の判断、そして、それ以前に人間にとって価値のあるものとは何なのか。このような混迷を深める時代にあってこそ、美術品を愛で、収集するという意味をも含めて、もう一度自分自身の意識や価値観を問い直すことに、新しい時代を生き抜くヒントがあるのではないかと考えているのです。
 
つづく
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