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Herald Tribune asahi
Japanese People Do Not Know Japan
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本物ではなく本質

さまざまな「美」の価値を判断するには、その作品ばかりでなく、それらを評論、評価してきた人々の知識や見識が何を基にしているか、その意識や価値観の源がどこにあるのかをも含めて、総合的に判断する必要があります。何故ならば、そのような評論や評価が「美」に対する純粋なものとは限らないからなのです。もちろん、いつの時代にも怪しい評論や評価に対する健全な批判や正論もありましたが、それらが金銭的な利益を目的としたある種の力によって退けられ封印されてきたことも事実です。この第5節の中でも書いたように、現在多くの「美」の価値が捏造され、ある意味では「美」そのものが金融商品であるかのように売買されています。確かに、資本主義における価値観では、金銭的な評価こそが価値であり、「美」や「人の心」などという曖昧な物には価値はなく、そこに何らかの利益を生み出す要素がなければ必要とされません。
 
このように、「美」ばかりでなく、長きに渡り「人の心」までをも商品としてきた価値観やシステムが、現代の多くの歪を生み出してきたと考えています。そして、そのような価値観やシステムは一体何のために、誰のために作られたのでしょうか。「闇」があるから「光」が認識できるという相対的な判断の中で、今まで「光」とされてきたものが果たして本当に「光」だったのか、「闇」と呼ばれてきたものが本当に「闇」であったのか、私達は刷り込まれてきた価値観や既成概念から離れ、自分自身の価値観を自らに問い直す時がきていると考えています。
 
この論考の意味

今回を含め、16回に渡り書き続けてきた、この第5節の「美という名のエネルギー」は、さまざまな「美」というものが、それぞれを構成するエネルギーであることをお話しし、それぞれのエネルギーの質や量を理解することで、「美しい」とは何かを探ってきました。またこれは、金銭的な価値観によって混迷する「美」という概念を、それぞれが内包するエネルギーの種類やジャンルに分けることで整理し、「美」の見方や捉え方、また選び方を知っていただくと同時に、日本的な「美」の在り方をご理解いただくためでもありました。
 
歪んだ日本の戦後教育によって、多くの日本人は自国の歴史や美術品を知らず、それ以前に自らが生れた国に対する意識すら希薄であるとは皆さんもご存知でしょう。もっとも、日本における美術品や古美術は「解かる人だけの世界」であって、今までは日本人自身が海外に向けて日本の「美」やその「本質」を語ることはほとんどありませんでした。そして、我々美術商も多くを語ることはなく、今までの右肩上がりの経済の中で、多くの美術商が売買ばかりに夢中になり、「美」ばかりでなく自らとも向かい合ってこなかったことも多くの誤解を生んだ原因だと考えています。
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私自身も、このような反省の上に立ち、日本の美術品や古美術の魅力や価値、さらにそれらを所有する意味をも含め、より多くの人に知っていただきたいと希望し、ヘラルドトリビューン朝日新聞の誌面で書き続けてきたのです。(バックナンバーはこちらで掲載中です)

新しい世界

古くから貴族や資産家にはノーブル・オブリゲーションという意識があり、金銭的に余裕のある人々の嗜みの一つとして美術品や古美術を収集し、その技術や文化を守り伝えるという意識がありました。もちろんこれは、決して投機的な意識ではなく、人類の歴史や文化に対する純粋な貢献を目的としていました。私は、「美」は「知」の顕れだと考えていますが、「美」を理解するということは人としての「知識」や「教養」の証しでもあると理解しています。
 
しかしながら、第二次大戦後の混乱とともに、ある種の力や一部のマスコミによって、美術品や古美術の金融商品としての流通が拡大され、とうとう投機的なマネーゲームの材料として「美」の価値を捏造するまでに到り、今日では投機的に価値のある物が優れた美術品であるかのように言われ始めているのです。そして、何よりも問題なのは、金銭的な価値観が先行することで、「美の本質」や「美を愛でる意味」が語られなくなってきたことでしょう。
 
人として生きる

この第5節を書き始めた数ヵ月後にリーマン・ショックによって世界経済が破綻し、それまでの右肩上がりの経済の中で金銭的な価値を追い求めて来た人々の価値観も崩壊しつつあると考えています。先の大戦後の市場経済の拡大とともに、すべてを金銭的な価値観に置き換えてきたことで、現在のような、さまざまな世の中の歪や人の心の問題を生み出し、多くの人が疑問と不安を抱えながら、人としての新しい価値を求めています。そして、その新しい価値観のヒントとなるのが、目先の利害や利益に左右されない、日本の「物造り」や「美意識」の根本にある、日本人の「思い遣り」や日本古来の「価値観」にあると考えているのです。
 
 東西の壁が崩壊して10年、さまざまな情報の開示によって、一部のイデオロギーや宗教ですらある種の経済活動であり、また貨幣経済というもの自体が一部の人々の集金システムであることが明らかになりつつある今、既存の価値観は崩壊しつつあります。そして、未曾有の世界経済の混乱の中で、多くの人々はすでに、捏造された「本物」ではなく、物事の「本質」を模索し始めています。刷り込まれてきた拝金主義的な価値観から離れ、人間だけに与えられた「美を愛でる」という行為、また「美を所有する」という意味を自らに問い直すことは、この混沌とした時代にあって、「人としてどう生きるか」を問い直す切掛けとなるのではないでしょうか。
 
つづく
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