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Japanese People Do Not Know Japan
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日本人気質

外国人から見れば、日本人は色々な意味で不思議に見えるかもしれません。例えば、同じオフィスにいる日本人の中には、誰に言われたわけでもないのに成績や利益に関係ない仕事をしたり、必要以上にオーバー・クオリティーの物を作ったり、自分には関係ない地味な仕事に夢中になったりと、決して合理的ではなく、むしろ自分自身の時間を削ったり、物理的に損することを承知の上で物事を成すことがあります。
 
19世紀末、日本の鎖国が終わるとともに日本を訪れた外国人が、このような日本人の真面目さや勤勉さ、礼儀正しさや思いやりに驚き、この国の美しい風土と日本人気質を絶賛して、日本を去る時には、「この美しい国と日本人は、いつまでもこのままでいてほしい。」という言葉を残しています。その後の150年間で世界は大きく変わり、日本も時代に翻弄されるように大きな変化を遂げました。それは日本人の意識にも言えることで、欧米の合理主義や個人主義的な戦後教育を受けた日本人の中には、昔からの日本的な在り方に批判的な人も増えていますが、やはり日本人独特の真面目さや勤勉さは根強く残っているようです。
 
第6節のテーマ

外国人が日本に来て先ず感じるのは、専門の清掃員のいる空港などの公共施設ばかりでなく、どの街にもゴミが無く、清潔なことだといいます。私の店のある原宿・表参道も、それぞれの店舗がその周囲を清掃し、春の木の芽や秋の落ち葉掃き、冬の雪かきなどをしています。清掃員や従業員のいる商業地以外の住宅街でも、それぞれの家が自分の家の周りを清掃し、人によってはより広い範囲を自ら掃除しているのです。
 
ご存じの通り、外国では自宅の周りの掃除や雪かきを法律で義務付けている国もありますが、日本にはそのような法律はなく、今でも多くの日本人が、自分が関係する場所を掃除することは「あたりまえ」であると考えています。それは他人や法律に強制されるのではなく、自分自身の気持ちとして、自分のためばかりでなく、他人のためにも、「きれいな方が心地良い」、また、汚れたままにしていることを「恥ずかしい」と考えるからなのです。では、このような日本人の「あたりまえ」や「恥ずかしい」という意識はどこから来るのでしょうか。今回から始まる、「日本人の日本知らず」の第6節では、外国人から見れば不可思議な、日本人の物事の捉え方や考え方、発想や行動の根本にある価値観や倫理観を、日本人の宗教観をも含めて、できるだけ平易に綴って行きたいと希望しています。

武士道

数年前に日本でベストセラーとなり、このコラムでも紹介した、藤原正彦氏の「国家の品格」という本の中では、欧米人のように確固たる信仰を持たない日本人が勤勉さや道徳心を維持している理由を、日本の「武士道」の精神にあるとしています。
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日本の武士はただの支配階級や特権階級ではなく、国や民を守るために私利私欲を捨て、いつでも命を投げ出す覚悟をしていた人々で、自他共に「人として恥ずかしい行為」を嫌い、先祖代々の家名においても「恥を重んずる」意識があり、汚名をそそぐために「切腹」までしたように、彼らは常に死と隣り合わせにありました。「武士道」とは、そのような武士達の規範として、どのように生き、また、どうしに死ぬかを自らに問うものでした。そして、そのような武士の在り方が武士以外の身分の人々にも大きな影響を与えたことは確かでしょう。 しかしながら、江戸時代における武士階級はほんの一握りであり、武士以外の農民や職人、商人の方が絶対数は多く、明治時代に日本を訪れた外国人が残した記録にも、「日本人は身分や貧富に関わらず道徳心があり勤勉であった。」と記されています。では、武士以外の身分の人々がどのようにして勤勉さや道徳心を維持していたのでしょうか。私はこの答えとして、日本人が古くから培ってきた、「おてんとうさまが見ている。」という意識にその根本があると考えています。
 
おてんとうさまは見ている

一口に「おてんとうさまが見ている。」と言っても、外国人の方々には理解しにくいかもしれませんが、「おてんとうさま」を漢字で表わすと「お天道さま」と書き、これは「天の道」であり、天体の運行に象徴される宇宙の営みを意味しています。言い換えれば、「天の道」とは、人類が発生する以前から存在する「宇宙の秩序を司る真理」であり、そのような「天の真理は常に存在している。」という考え方なのです。このように、日本人は自らの思考や行動を「宇宙の真理」、わかりやすく言えば「自らの良心」に照らし合わせ、人としての正邪や物事の可否を判断してきたのです。そして、このような日本人の在り方は、人間が信仰や宗教を創り出す以前、「神」や「仏」という概念が生まれる以前から日本人が持っていた倫理観であり、その根本にあるのは、私達に食物や子孫を授けるとともに飢餓や天変地異をも起こす大自然を恐れ敬う意識なのです。やがて、このような日本古来の意識は後の日本の「神道」に受け継がれて行きます。
 
つづく
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