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富士鳥居 top > 先代コラムtop > 原稿No.序1

2004/10/30
富士鳥居がWEBサイトを開設した理由
富士鳥居は昭和23年の原宿・表参道に開業以来、日本人顧客の皆様ばかりでなく、在日外国人の皆様にも多くご利用を頂き、かねてより、ご遠方のお客様や、すでに本国へご帰国なされた外国人の方々から、「富士鳥居の質の高い美術品を海外からも購入できないか。」というお声を頂戴いたしておりました。しかし弊店は古美術ばかりでなく新作の美術工芸品に関しても、手描き・手造りによる質感、「人の心に語りかける美」にこだわるが故に、販売もまた品物を直に手にとって見ていただける、店頭での対面販売にこだわり、メール・オーダーやウェブサイトでの展開をいたしませんでした。

しかし近年、日本国内ばかりでなく世界中の市場、またウェブサイトに氾濫した粗悪な日本の工芸品や、他のアジアの国々で作った日本風のコピー商品、また古いだけで価値の無い古美術を見るにつけ、日本国内ばかりでなく、これらが世界中の人々に日本の美術品だと思われるのは日本人として、さらに美術商として大変悲しく思うようになりました。またこのような粗悪な日本美術の氾濫は、日本美術に対する誤解を招き、ひいては日本という国自体の信用を失いかねないとう危機感を持ったのです。 このような日本美術への誤解を解き、信頼を回復するためには、まず日本人が日本人としての責任と誇りを持ち、信頼のおける作品を選び、日本国内は元より、世界に紹介することだと考えるのです。

これは美術品に関してばかりでなく、日本の本当の姿を紹介してゆくことこそが今後の私の使命だと感じ、先ずはこのウェブサイトを開く決意を致しました。たとえ小さな作品でも、皆様のお手元に確かな日本美術をお届けするによって、必ずや本物の日本美術のもつ深い味わいと、美しさをご理解いただけると信じております。 きれいな水と豊かな自然に恵まれ、四季の変化とさまざまな風土に育まれ、二千年の伝統と文化に培われ、さらに日本人独特の感性によって養われた、この美しい国の美術品を通して、日本という国の本当の姿と、その在り方を、このコラムから発信して行きたいと考えております。

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2004/12/15
日本人の日本知らず
すべての日本人が、自国の歴史や文化を知っているわけではない
あなたは外国人に日本の歴史や文化、日本の美術品について質問をされて困った経験をお持ちではないでしょうか。
彼らの真剣なまなざしと機関銃のような質問に、思わずその場凌ぎの答えをしたことはなかったでしょうか。多くの外国人は、すべての日本人が日本の歴史を知り、また茶道の経験があり、能や歌舞伎といった芸能にも詳しいと思っているのです。
私はこのウェブサイトの二回目の英文コラムの中で、先ずは外国人のこのような誤解を解くために、「すべての日本人が自国の歴史や文化に知識があるわけではなく、また美術品に対して興味があるわけでもないのです。」と記し、また「すべての日本人に茶道や生け花の経験があるわけでもありませんし、さらに能や歌舞伎といった伝統芸能に詳しい日本人は全体の二割にも満たないでしょう。」と書いています。
これには日本の教育の在り方にも問題がありますが、明治の開国によって一気に流入した西洋文明に対する日本人の憧れと、それに追いつかんとする早急な姿勢、そして何よりも戦後の価値観の変化によって、自国の歴史や文化、さらに美術といったこの国の美しさや豊かさを顧みず、それらをないがしろにしてきたことに大きな原因があるのです。

日本に対する誤解の背景には、美術商にも多くの問題と責任がある
明治の開国以来、日本人自身が自国の歴史や文化、また美術をないがしろにしてきたことが、海外における日本という国に対する大きな誤解と間違った評価を生み、さらに日本美術に関する評価や価値の混乱を招いています。
たとえば、海外で日本美術に関する一般的な説となっているものの中には、かなりいい加減な情報が含まれており、私は美術商としてこのことを憂慮しています。 それは、かつて熱心な外国人研究者やコレクター達が、日本人から得た情報の中に、日本人の思い込みやその場凌ぎで答えられた情報が多く含まれていたことが原因であり、後にそのような情報がコレクターのコメントや研究書として発表され、いつしか一般的な説となっている場合が多いのです。
もちろんこのような誤解は美術品に限ったことではありません。いくら自国のことであろうとも、知らない事は知らないと答えることこそが、何の予備知識も無い外国人に対しては、むしろ誠実な対応であったでしょう。
もちろん、このような誤解を生んだ背景には我々のような美術商にも多くの問題と責任があり、一人一人が深い反省に立って、我々も襟を正す時が来たのだと思っています。

元来、美術品というものは一部の特権階級のもの
もともと美術品というものは、一部の特権階級のものであり、近世までは一般の人間がそれらを眼にすることすら稀であり、まして喰うや喰わずの戦後を乗り越えてきた多くの日本人にとっては、美術品などは無用の長物であり、私自身も美術商を生業としていなければ日本美術に関する知識などなかったと思っています。
しかし日本人は悲しい先の大戦の後、自国の歴史や文化までをも戦争の原因と誤解し、自国の歴史や文化、またこの国の良さや美しさを子供達に教えることを怠ってきことは事実でしょう。また美術や芸能を保護、奨励すべき立場の人々達も、いつしかその役目を忘れて刺激の強い欧米的な価値観に眼を奪われて、この日本というこの美しい国の在り方さえも忘れつつあります。
確かに、戦後のアメリカ型の消費経済の発展によって日本人の生活は豊かになりましたが、しかしそれは物質的な豊かさでしかなく、ただ闇雲に物欲的な価値観を追求したにすぎません。多くの日本人が海外旅行をし、ブランド品を身にまとっても、自国の歴史や文化や、さらに美術品に対する知識や造詣ということになると、90%の日本人が持ち合わせていないのが実情でしょう。

日本が真の国際化を果たすためには、まず日本人自身が自国のことを知ることが大切
私は、私をも含めた多くの日本人の、自分が産まれた国に対する知識の欠如と意識の低さが、現在多くの歪を生じていると感じています。
先にお話した、日本美術に対する誤解を招いたような日本人の外国人に対する不誠実な対応は、もちろん美術品ばかりに止まりません。諸外国に対する日本の曖昧かつ不誠実な対応は、日本という国自体への多くの誤解に繋がっているのです。
私は常々「日本が真の国際化を果たすためには、まず日本人自身が自国のことを知り、海外に向けて正しい情報を発信し、媚びることも驕ることもなく、自信を持って日本の在り方を発言すべきである。」と考えています。すでに戦後 60年、弊店には多くの外国人のお客様もお越しになりますが、たとえお客様が外国人用に誇張された「ゲイシャガール」や「ニンジャ」のデザインを欲しがったとしても、たとえそれが万金を生もうとも、日本人が影で眉をひそめるような商品を販売することはありません。
世界に向けて発信するからこそ、このウェブサイトには真面目な日本製の美術品だけを掲載し、私はこのコラムにおいて真実のみを語り、日本美術の確かな情報と共に、日本人と日本というこの美しい国の実像と、その在り方を発信してゆきたいと考えているのです。

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日本人の日本知らず 第1回
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
私は富士鳥居という古美術と美術工芸品の店を経営いたしております。
1949年に私の父が銀座から現在の地、原宿・表参道に店を移して早や60年、この通りでは一番古い店となりました。弊店は在日大使館員の免税指定店でもあることから、日本人顧客ばかりでなく、多くの外国人の方々にもご愛顧いただいてまいりました。
今では、パリのシャンゼリゼやニューヨークの五番街と並び称せられる表参道も、本を正せば明治神宮の参道なのです。不思議な事に、海外の一流ブランドが軒を連ねるこの街では、日本人が外国のブランド品を買い漁り、むしろ外国人が弊店で日本の美術品を買うという逆転現象が起きています。
私は美術商として、また一人の日本人として、ヘラルドトリビューン朝日をお読みの外国人、さらに日本人読者の方々にも、もう一度、この日本という国を再認識していただきたく、このコラムをお引き受けしました。

真の国際化
私は美術品を通して多くの外国人の方々と接するうちに、「今時の若い日本人よりも、むしろ在日外国人の方が日本の事を知っているのではないか。」と、感じています。
まして日本の美術品や文化に関して言えば、店の前を行き交う日本の若者達よりも、間違いなく弊店の外国人顧客の皆様の方が、より多くを知っているでしょう。 私はかねてより、「日本が本当に国際化するには、先ず日本人が日本の事を知ることだ。」と、主張してまいりました。弊店を訪れる外国人に比べて、いかに一般の日本人が日本の事を知らず、また無関心であり、さらにその知識が不確かなものであるかを、私はこの原宿・表参道という街で日々実感しています。

知らなくてあたりまえ
私は親しい外国人のお客様には、「日本の事は、日本人に聞いてはいけない。」と申しあげております。こと、私の生業である古美術に関して言えば、多くの外国人が興味を持っている伊万里焼や蒔絵、根付や浮世絵などに関して、正しい知識を持った日本人はほとんどいないでしょう。
とは言うものの、我々日本人にしてみれば、それは知らなくて当たり前のことなのです。かく言う私も、このような古美術商の家に生まれていなければ、日本の古美術などには興味も知識もなかったでしょう。
まして伊万里焼や蒔絵を施したような漆器を使用していたのは一部の特権階級であり、一般の人間にはそれらに触れ、それらについて知る機会もなかったのです。 また根付や浮世絵なども、服装の西洋化や印刷技術の発達によって、20世紀初頭にはすでのその役目を終えていました。

日本人の日本知らず
先の悲しい大戦の後、日本人は食べる事に忙しく、自国の美術品などに興味を持つ余裕などありませんでした。そして一日も早い復興のためには、経済成長と国際社会への復帰が最優先課題であり、日本人は無我夢中で働き、外国との関わりを重視する必要がありました。しかし、その結果として日本人は自国のことをないがしろにしてきたのです。
今の日本で、劇場で歌舞伎を観たことのある日本人は人口の半数にも満たず、能狂言にいたっては三割にも満たないでしょう。かく言う私も、国技館で相撲を観たことがありません。
これは、アメリカ人のすべてが野球に興味があるわけでも、外国人のすべてがオペラを見に行くわけでもないことと同じで、もちろんこれは、個人の好みや趣味の問題でもあるでしょう。しかし私がここでお話したいのは、「日本人のすべてが日本のことを知っているわけではない。」ということなのです。私は、ヘラルドの読者の方々が日本に関して正しい知識を得ようとするならば、日本人の友人や同僚ばかりではなく、やはり専門的な知識を持った人、より確かな情報源を選ぶことをお薦めしています。

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日本人の日本知らず 第2回
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
日本がこのような状況に陥った原因の一つは戦後の教育にあります。不幸な戦争の呪縛から、前時代的な臭いのするものは良いも悪いも退けられ、日本は自国に関する教育を切り捨ててきました。また、情報化社会の中で、日本人は刺激の強い欧米の文化に飲み込まれ、それらを闇雲に取り入れてきました。もちろん、これは日本だけに限った事ではないでしょう。さらに日本の高度成長期から現在に至るまで、欧米的な尺度で非効率的と思われるものは次から次へと切り捨てられてきました。 そして近年、一段と加速するグローバリゼーションの流れの中で、とうとう日本人は自国の歴史や文化さえお荷物扱いをし始めています。このような間違った認識は、後にお話しする、日本人の「思い遣り」に裏打ちされた「日本の心」を失い、この国の根本を揺るがすきっかけともなっています。

Real Internationalization
ここに、昨年から日本でベストセラーを続けている、藤原正彦氏の「国家の品格」という本があります。
数学者であり、海外生活の経験も豊富な藤原氏は、その著書の中で、国際人になるためには外国語教育よりも、むしろ日本語教育と情緒教育の重要性を力説されております。これは藤原氏の、「いかに語学が堪能であろうと、人間として根となる部分がなければ国際人としては通用しない。」という経験に基づいています。
実は多くの日本人が、留学先や仕事上で、外国人から日本に関する質問を受けて、タジタジとした経験をしています。この事は、日本人の語学力の不足ばかりではなく、むしろ日本という国そのものに対する認識不足がその原因なのです。

A Natural State of Affairs
しかしながら、一番の問題点は日本人の自国に対する無知無関心ではありません。このコラムをお読みの外国人の皆様が、日本人の友人や同僚に、日本について何か質問すれば、それなりの答えが返ってくるでしょう。ところが、その中にはかなり怪しい知識が含まれています。例えば、掲載写真の「印籠」は、決して身分を証明するための物ではありませんし、印鑑を入れるためのものでもなく、江戸から明治の男性用のお洒落な薬入れなのです。
そして何よりも、そのような怪しい情報が外国人の間で、また海外で一人歩きを始め、定着することが一番大きな問題なのです。
いつしか「恥」という概念を忘れた日本人も、「見栄」だけは忘れておらず、外国人に対して、その場しのぎの返答を繰り返してきました。このような態度が、日本人やこの国に対する誤解に繋がっています。むしろ、「知らないことは知らないと言う勇気。」こそが、人として認められる第一歩であり、知らないことを恥じて勉強するチャンスを与えられたのだと、謙虚に受け止めるべきなのです。
このような、自国の事をしっかりと語りきれない日本人の、自信の無さや、腰の引けた態度が、外国に日本という国そのものを誤解させる最大の原因ともなっています。

Japanese Know Little About Japan
我が国の新しい総理は、「美しい国」を政策のスローガンに掲げております。では、その「国」という定義は何でしょうか。それは世界の歴史を見るまでもなく、領土でも、組織でも、ましてシステムでもありません。それは自らの歴史や文化に対する思い入れ、人の心の中にある「国という意識」でしょう。そして、この「美しい」という言葉の意味は、何よりも日本人の「心の在り方」を示しています。
二千年の永きに渡り、日本人は自然を怖れ、敬い、自然と共に生きてきました。それは人間に対しても同じであり、日本人は思い遣りの心で他を受け入れ、他と共存する道を選んできたのです。このような日本人の在り方は、時として海外から曖昧と批判され、ファジーであると非難さる場合があります。言うまでもなく、日本人は決して曖昧でもファジーでもありません。これは、他と競い争うことなく共存して行くために、日本人の遺伝子に組み込まれた知恵でもあるのです。そして、日本人のこのような在り方は、もしかすると、この21世紀の混沌とした世界を変える、一つの答えかもしれません。

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日本人の日本知らず 第3回
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
日本の土となる
明治の開国後、日本は一気に近代化を推し進めます。時の新政府や教育機関は、当時最先端の学問や技術を取り入れるため、アーネスト・フェノロサやジョサイヤ・コンドル、ラフカディオ・ハーンなど、多くの外国人技術者や学者を雇い入れいれました。そしてその多くが、日本を離れるあたり、「日本はこのまま変わらずにいてほしい。」という言葉を残しています。さらに一部の外国人は、この日本という「美しい国」に魅せられ、自らが生まれた国を捨て、この国の土となりました。
私の外国人の友人の中にも、この日本という国、そして日本人という在り方に共鳴し、この国に留まろうとする人々がいます。しかしその反面、日本人の中には外国の永住権を取り、また海外の口座に資産を移して、自らが生まれた国を捨てる人々がいます。そして、この両者の違いは、この両者が何を求めているかの違いでしょう。

守り伝えて行くために
かつて日本の「物づくり」には「心」がありました。それは、使う物の身になった「物づくり」であり、作る側の「思い遣り」なのです。私の生業の美術品に関して言えば、作り手が金銭的な呪縛から離れ、作品を通して自らへの挑戦を始めた時、初めて「美」が生まれます。
まだ、この国にはそんな土壌が残っています。しかし、肝心の日本人自身が他と競い争うことに夢中になり、金銭的な成功が人を量る尺度となった今、このような「思い遣り」に裏打ちされた日本の物づくりは日々失われつつあります。これは取りも直さず、この「美しい国」が日々失われているということなのです。
前出の藤原氏は自らを、ナショナリストではなく、パトリオットであると語っておられます。自らが生れた国を愛することに右も左もありません、また私は決して地図上の国境を濃くしようとする者でもありません。多くの先達が守り、伝えてきたこの「美しい国」に生まれ、この「美しい」という本当の意味を、どのように子や孫に、さらに世界に伝えて行くか、それは人としての、私の希望でもあるのです。

富士鳥居という在り方
ここ原宿・表参道では、今でも外資系のブティクの出店ラッシュが続いています。何故私が、このような流行の最先端で、日本の古美術や美術工芸品などというスモール・ビジネスを続けているのか。それは、この商売の大義にあります。古美術商とは、人間の英知を未来に繋ぐ仕事であり、新しい美術工芸品を商うということは、作家や職人の生活を支え、その技術を守り伝えてゆくという大義があるのです。
一段と進む国際化や効率化の流れの中で、美術品の世界においても、他の国で作られたコピー商品や無秩序に量産された廉価品が溢れています。もちろん、すべての人が美術品に興味があるわけでも、高いものを買えるわけでもありません。しかし誰かが、「本物」とその「技術」を、そして何よりも、その元となる「文化」や「心」を守らなければならないのです。何故ならば、過去の歴史を見るまでも無く、一度消えた文化の火は、もう二度と燃え盛る事はないのですから。

「心」の輸出
近年よく耳にするグローバル・スタンダードとは、いったい誰のためのスタンダードでしょうか。地位も身分ものある方々から、物知り顔で「それが世の中だ。」、したり顔で「それが政治だ。」というご意見を頂戴することがあります。しかし、私にとってスタンダードとは、「世界人類の平和」、いや、「生きとし生けるものすべての平和」なのです。
私には特定の信仰も思想もありません、しいて言うならば、私の信条は「信仰以前の、人としての真実」でしょう。21世紀を迎え、多くの人々が今、心の平穏を望み始めています、そのために私に何ができるでしょうか。戦後、日本は多くの「物」を輸出してきました、私はこのようなコラムを通じて、日本人の在り方や思い遣りの「心」を、日本国内は本より、海外にも輸出したいと希望しています。また皆様と、どこかの誌面でお目にかかれることを願って。

末筆ながら、昨年11月、12月の二回のコラムを通じ、多くのご意見やご指導をいただきました皆様に感謝いたします。また、この企画にご賛同いただき、無料での翻訳を申し出て下さった、(株)ファイネックスの桑原社長に心から感謝し、朝日新聞英文メディアチームの渡邉君、山田さんにエールを贈ります。ありがとうございました。

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日本人の日本知らず 第4回
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
横文字の看板
日本人ほど自国の伝統や文化のすばらしさに気が付かず、またそれらを蔑ろにしている民族も少ないかもしれません。現在、私の店のある原宿・表参道にはローマ字の看板が溢れ、むしろ日本語の看板を探す方が難しいでしょう。そして、それらの店には海外のブランド品や他のアジアの国で作られた量産品が溢れ、純粋に日本の製品を売っているのは、私の店を含めて数軒になってしまいました。
これが今の日本の現状であり、海外から来た外国人の方々が、本当に日本の「事」や「物」に触れたいと希望しても、それはかなり難しくなりつつあります。 このことは、日本人自身よりも、むしろ在日外国人の皆様の方が切実に感じているかもしれません。

日本的な「事」と「物」
特に先の大戦の後、日本人は自国の伝統や文化、また美術工芸品などを省みることなく、日本の伝統や文化が、日本人自身にとっても、特別な「事」や「物」になり始めています。このような現象は、昨年から本誌に3回に渡って掲載された、私のコラム(www.fuji-torii.comで公開中)で書いたように、日本という国そのものの存亡に関わる一大事だと考えています。
弊店に訪れる外国人観光客の中には、「表参道は美しい街だが、これではニューヨークに行っても同じ。」と、おっしゃる方がおられます。しかし、これが今の日本の現実であり、外国人の方々が「日本的」と感じる京都や飛騨高山も、ある意味では、アメリカにおけるネイティブアメリカンの居留地のように、日本らしく演出された日本であることも知っておくべきでしょう。

門松とクリスマス・ツリー
今年の正月、この表参道において、日本の伝統的な新年の飾りである「門松」を立てていたのは、私の店を含めて、数えるほどでした。「門松」とは、日本において新年を迎えるために立てる、言ってみればクリスマス・ツリーのようなもので、新年を迎える一連の行事の中でも重要な飾りなのです。
もちろん、「門松」を立てないということには、宗教的な見解や経済的理由、また店舗のデザインや建築との調和の問題もあるかもしれません。しかし信仰に関係なくクリスマス・ツリーを飾る日本でありながら、つつがなく新年を迎えられた喜びと、新しい歳の幸せを祈る「門松」は、年々この表参道から姿を消しているのです。

温故知新
私が前3回のコラムに引き続き、日本の伝統や文化の危機を訴えているのは、ただ闇雲に伝統や文化を賛美しているのではありません。さらに、すべての日本人が日本を好きな訳でも、日本という国を残したいと思っている訳でもないことも十分承知しています。では何故このようなコラムを書いているのか、それは私が、日本の伝統や文化を支えてきた日本人の考え方や在り方に、人類が21世紀を穏やかに生きるヒントが隠されていると考えているからなのです。
20世紀後半の科学やコンピューター技術に代表される文明は、人類に多くの利便性をもたらしました。しかし、今その代償として、人にも地球環境にも多くの歪が現れています。私は、そのような歪を是正するヒントが、昔の日本人の考え方や在り方にあると考えているのです。
日本には「温故知新」という言葉があります。それは古い事の中に新しい事のヒントが隠されているという意味でもあるのです。

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日本人の日本知らず 第5回 ≪日本的な在り方1≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
清潔な日本
外国人が仕事や観光で日本を訪れてまず驚くのは、街中がきれいに清掃されていることでしょう。もちろん海外でも、公共の施設などはきれいに清掃されていますが、清掃員のいないエリアに一歩足を踏み入れれば、日本のようなわけにはいきません。海外でも都市によっては清掃や雪かきを法的に義務付けているところもありますが、日本にはそのような法律はありません。
では何故、日本がこのような清潔な環境を維持できるのでしょうか。それは、日本人が長い歴史の中で培ってきた「日本的な在り方」によると考えています。表参道に面した私の店でも、誰かに頼まれたわけでも、誰かに強制されたわけでもなく、毎朝、店頭を掃き清め、秋には大量の落ち葉を集め、雪の日には雪かきを、創業以来60年間、くる日もくる日も続けてきたのです。

当たり前という意識
日本において、自分の店の周囲を掃き清めるというのは、「当たり前の事」とされてきました。そして、その根本にあるのは、「汚いよりきれいな方が、自分自身が気持ちいいから。」という、日本人の意識に発しています。
近年の効率化によって、多くの仕事が専門職化し、分業化し、掃除などは社外の業者に委託することが多くなりましたが、私の店では今でも社員全員で掃除をしています。このことは、お客様に清潔な環境で、また美しい状態で商品を見ていただきたいという思いであり。さらに、社員が日常的に美術品を手に取り、その美しさや質感を勉強する絶好の機会でもあります。そして何よりも、若い社員達に、ただ仕事としての掃除や義務としての清掃ではなく、「どうせやるなら隅々まできれいにしよう。」という、自分と向き合う意識を持ってもらいたいと願っているのです。

日本人の意識
では、このような日本人の「当たり前」という意識の元となっているのは何でしょうか。以前、このコラムで取り上げた、藤原正彦氏のベストセラー「国家の品格」では、新渡戸稲造の逸話として、「確たる信仰の無い日本人の精神文化を支えてきたのは、武士道精神である。」としています。しかし、近世の日本において武士という身分を持った人は、その家族などを含めても、全体の1割にも満ちませんでした。
では、その他の9割の人々が、このような意識を保ってこれた理由は、やはり「清々しい気持ちでいられるか否か。」という、自分自身に対する問いかけでしょう。そしてそれは、力による支配でも、また信仰の力でもありませんでした。さらに、「どうせやるなら隅々まで丁寧にやろう。」という日本人の意識は、森羅万象に対する「思い遣りの心」だと、私は考えています。このような日本人の意識にこそ、「日本的な在り方」のヒントが隠されています。

胸に聞け
日本には一神教のような絶対的な神との契約は存在しません。しかし、日本には昔から「自らの胸に聞け。」という言葉があり、日本人は自らの内にある意識との対話によって正否を判断し、物事を成してきました。これは信仰や教育以前の意識であり、人として感ずる「清々しさ」、「心地よさ」、そして「潔さ」などの意識が判断の基準となってきたのです。そして、それらは外的な権力や暴力にも屈することもありません。
このような日本人の在り方は、時として一個人の利害を超えることがあり、故に日本人は自らの命を投げ出してまでも、信条や信念を貫いてきたのです。たとえ身分は武士でなくとも、「大義のためには、自らを犠牲にする。」という意味では、これもまた武士道と呼べるかもしれません。しかし、現代のように、個人の利益ばかりを尊重する世の中においては、多くの日本人もまた、その在り方を自らの「胸に聞く」ことなく、個人的な利害や損得によって判断し、物質的な利益がすべてに優先し始めているのです。

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日本人の日本知らず 第6回 ≪日本的な在り方2≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
物造りと日本人
日本のトヨタ自動車が、その生産台数において、自動車の本場であるアメリカやヨーロッパの各メーカーを抜き、世界第一位に躍り出る勢いです。もはやこれは、「猿真似日本人」のなせる技ではなく、やはり製品の優秀さと価格との総合力で勝ち得た地位でしょう。では何故、これほど日本の自動車や工業製品が売れるのか、それはもちろん日本人の勤勉さや生産管理能力などもあるでしょう。
しかし、自動車の生産に関しても、近年一段と他のアジアの国でのアウトソーシングが進み、日本国内で生産されている製品は少なくなっています。このように、すべてのメーカーは生産のグローバル化によって、同じ条件、同じ土俵で競っているのです。その中で、日本の自動車が世界市場を席巻している理由は、日本メーカーの物造りに対する姿勢以前に、日本人の意識にあると、私は考えています。

非効率的な日本人
私の知人に、日本でまだ自動車が珍しかった1950年代から、自動車の整備や修理の仕事をしている人がいます。彼の話では、「昔は、外国車の整備をする時は、バリで手や腕を切るので、肘まである皮の手袋をはめた。でも日本車は、見えない部分まで仕上がっていたから、そんな必要はなかった。」という話を聞いた事があります。
実は、この「見えない部分まで仕上がっている。」ということこそが、日本の物造りの根幹を成しているのです。
私の商う日本の古美術品においても、漆の作品などは、目に見える表面の加飾よりも、むしろその内側の木地の補強や下地の塗りに、何倍も手間隙を掛けているものがあります。戦後に構築された生産性や効率という観点から見れば、正に「非効率」「非生産性」を絵に描いたような有り方なのですが、私はむしろ、そんな作品に感動を覚えるのです。

自分への挑戦
三代続いた古美術商の家に生れながらも、戦後の「効率主義」や「生産性の向上」という教育を受けてきた私は、日本の職人の非効率的な仕事を見るにつけ、若い頃には「どうしてこんな、目に見えない所にこだわっているのだろう。」と、疑問を持ったものでした。しかし、ある職人に、「こうしないと百年もたないし、それ以上に自分の気が済まないから。」と言われた時、「ハッ」と目の覚める思いした経験があります。これこそが「日本人気質」であり、「日本人の思い遣りの心」なのです。
そしてこれはまた、伝統という長年培った経験や知恵にも裏打ちされた、造り手の未来への挑戦でもあるのです。
さらに物造りに関わる者は、あるレベルに達すると、「自分がどこまで出来るか。」という「自分への挑戦」の中で、採算を度返しして、注文以上の仕事、120%以上の力を出してしまうことがあるのです。これはある意味では、天のなせる技かもしれません。

国家百年の大計
21世紀を向かえて、私は人類が大きな岐路に立っていると考えています。その方向性には、以前にもこのコラムでお話した、日本人の「思い遣り」、「日本人気質」に大きなヒントがあるのではないでしょうか。 いったい、「物造り」とは誰のための「物造り」なのか、「サービス」とは誰のため「サービス」なのか、さらに「情報」とは誰のための「情報」なのか、そして、誰が利益を得るための「物造り」や「サービス」、「情報」なのかを、改めて問い直す時が来ているのではないでしょうか。
言うまでもなく、「物造り」も「サービス」も、そして「情報」も、それらを提供する側の利益のためにあるのではなく、これらはすべからく、受け手側の利益のため、言い換えれば人の幸福のためにあるのであり、その結果として提供する側にも、後から利益がついてくるのです。しかし、現代はまさに本末転倒、場合によっては提供する側の暴力にも似た在り方に、受け手が怯える姿さえ目にすることがあります。
このことは、世界は誰のためにあるのか、そして地球は誰のために廻っているのか、ということにも通じるのではないでしょうか。日本には「国家百年の大計」という言葉があります、それは目先の利害に囚われず、百年先の在り方を見据えた働きをするという意味であり、これは今の人類にとって「地球千年の大計」と云い変えることができるのではないでしょうか。

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日本人の日本知らず 第7回 ≪日本的な在り方3≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
第2クールの終章
昨年の秋、当時ヘラルド・トリビューン朝日新聞の英文メディアチームの責任者だった渡邉賢一君から、「読者のために、何か新しい切り口で、コラムをお書きいただけないか。」との話があり、2006年の11月、12月、そして2007年の1月の三回に分けて、このコラムの「序」となる部分を執筆いたしました。その後ご好評を得て、第2クールを本年の2月から先月末までの3回(いずれもwww.fuji-torii.comで公開中)に分けて掲載し、今回で第2クールが終了となります。
第2クールの過去3回では、表参道の景観などを通し、現代の日本において、日本的な「物」や「事」が失われ始めている実体や、誰かが見ていなくとも隅々まで掃除をするような日本人の気質、そして、見えない部分まで仕上げるような日本の物造りなどを例に挙げ、「日本的な在り方」や「日本人の意識」、そして「日本人の思い遣り」についてお話ししてまいりました。しかしながら私は、このコラムが単なる日本賛美でないことを、先ず以って読者の方々にご理解いただきたいと希望いたしております。

日本の真実
一部の有識者の方々はすでにご存知の通り、現在の日本は、政治、経済、文化のあらゆる面において、手放しで日本賛美をしていられる状況ではありません。それは、今年の2月に刊行された副島隆彦氏の「最高支配層だけが知っている日本の真実」(ISBN978-4-88086-210-1)にもあるように、日本は巨大な力によって大きく変貌し、ある種の戦略的支配によって、独立国として存亡の危機を迎えています。このような状況においても尚、私がこのようなコラムを書き続けている理由は、「すでに日本の政治と経済の自立回復は無理だとしても、せめて文化と芸術ぐらいは守りたい。」という意識からなのです。

すべては人の幸せのために
私は原宿・表参道で美術品の店を経営しておりますが、近年、日本の古美術や美術工芸品を取り巻く環境も一段と厳しくなってきています。それは、日本人自身が自国の美術品に無関心であることに加え、他のアジアの国々からコピー商品や廉価品が数多く流入したことで、むしろ真面目な日本製の手造りや本物の古美術が苦戦を強いられているからなのです。
このような状況下でも、お蔭様で私の店はそれなりの経営を続けております。それは、私の店が表参道という立地に恵まれているからでも、私の経営手腕でもありません。その理由は、私の店が親子三代「利益とは、お客様の笑顔や満足の結果である。」という、至極単純で当たり前の姿勢を貫いてきたからでしょう。前回のコラムにも書いたように、本来、受け手側の幸せや利益のためにあるべきものが、発信する側の独りよがりの物造りや不確かな情報によって、むしろ受け手側に損失を与えている場合が多々あります。日本語には「本末転倒」という言葉がありますが、我々は誰のために、そして何のために働いているのかを、労働者も経営者も、そして株主も、もう一度原点に立ち返って考えるべき時が来ているのではないでしょうか。

21世紀を生きるために
私は、本当の人間の価値とは、資産の額や地位や名誉、まして身分ではなく、「それぞれが置かれた立場と能力を使い、いかに多くの人を幸福にできたか。」であると考えています。すべからく人は、自分を含めた人間の幸福を創造するために生かされています。しかし、現代社会においては、自らの保身と立場を維持するための競争に、人としての健全な判断が麻痺し、その結果として自らの心の安定すら失っているのではないでしょうか。
私は、国や宗教、それぞれの組織の利害や思惑を超えた「人類共通の良識」や「人としての真実」という、新しい時代の扉を開くための鍵が、「日本的な在り方」や「思い遣りの心」の中にあると考えています。始まったばかりの21世紀を、競争原理の中で自らに正邪を問うこともなく、組織やシステムに合わせて生きて行くのか、それとも物資的な価値観から離れ、心の平安とともに人類の幸福を創造して行くのか、もちろんこれは個人の選択の自由です。

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日本人の日本知らず 第8回 ≪伝統工芸の危機1≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
本金蒔絵ワイングラス
ここに「本金蒔絵ワイングラス」という、オーストリア・リーデル製のワイングラスに、日本の蒔絵という技法を使い、金彩を施した商品があります。従来からあるヨーロッパのグラビール金彩などとは違い、「本金蒔絵ワイングラス」には本物の金粉を使用しており、その輝きと重厚感は過去に例を見ないものとなっています。
蒔絵とは、二千年の歴史をもつ日本の漆工技法の一種で、本来は漆の食器やお茶道具またキャビネットなどの調度を飾るための、日本独自の技術です。蒔絵を簡単に説明すれば、漆で文様を描き、漆が乾かないうちに、その上に金粉を蒔いて金彩を表します。それは、画用紙に糊で絵を描いた上から色の着いた砂を蒔く「砂絵」と同じ原理で、その「砂絵」の糊を漆に、色の砂を金粉に変えたものだと考えれば解りやすいでしょう。もちろん「砂絵」と違って、蒔絵の制作には数多くの工程があり、それぞれに熟練の技を要する、手間仕事を繰り返して仕上げています。

ガラスに蒔絵
今まで、漆はガラスに定着しないものとされてきました。しかし、ガラスへの定着技術の開発と、食器洗い機でも落ちない(コンパウンドの入っている洗剤は不可)ところまで耐久テストを繰り返し、私の店が2005年に世界で初めて、「本金蒔絵ワイングラス」として製品化いたしました。「本金蒔絵ワイングラス」は、ワイングラスという曲面の広がりに合わせ、日本画の余白を活かした意匠を創り、またガラスという透明な素材ゆえに、グラスの裏側や内側に見える意匠をも取り込む、三次元の表現を手に入れました。お蔭様で発売以来、「オーストリアと日本の職人技の融合」「日本から発信する唯一のワイン文化」「使える美術品」などなどの高い評価をいただき、フランス料理界のカリスマ、ムッシュ・ロビション氏からも絶賛されました。
このような文章を読むと、読者の皆様は、まるで私の店の商品の広告のように思われるかもしれませんが、しかしこの「本金蒔絵ワイングラス」の開発は、ただ利益をあげるための新製品という以前に、大きな目的と大義によって企画し、制作したものなのです。

マキエ?
「本金蒔絵ワイングラス」の商品化のために、蒔絵師達と打ち合わせを繰り返す中で、若い蒔絵師から「ガールフレンドができて、仕事を聞かれたから、『蒔絵』をしていると言ったら、養魚場で『撒き餌』していると思われた。」という話を聞きました。同じ発音である「蒔絵」と「撒き餌」、その発音から若い女の子が発想したものは、伝統工芸のラッカー・ウェアーの「マキエ」ではなく、養魚場などで魚に餌を与える「マキエ」だったのです。

第3クールのテーマ
このような、若い女性の勘違いによる笑い話も、我々漆工関係者にとっては決してして笑えない冗談なのです。なぜならば、これは日本人が「蒔絵」という言葉すら知らないほど、日常の生活から漆工芸が遠ざかってしまったという証拠でもあるのです。このコラムをお読みの日本人読者の皆様のお宅に、果たして何点の漆製品があるでしょうか、また外国人読者の方々は日本人の同僚や友人に、「漆の物を使っているか?」と、聞いてみるとよいでしょう。そして、その答えの延長線上には、漆製品の需要の減少と、それに伴う職人の離職や後継者の減少という現実があるのです。
漆製品に限らず、年々日本人自身が日本の伝統的な工芸品を使わなくなってきています。この原因は、このコラムの第一回目(2006年11月29日 ヘラルドトリビューン朝日新聞に掲載)で書いたような、「日本人の日本知らず」にあります。
このような日本人自身の自国の伝統的な「物」や「事」に対する無関心によって、いつしかその技術や文化が失われ、やがてそれらを支えてきた日本人の意識や在り方までもが失われつつあるのです。
もう、賢明な読者の皆様はお解りのように、私が「本金蒔絵ワイングラス」を企画製作した本当の目的は、需要の少なくなった食器やお茶道具にではなく、蒔絵を現代の生活に合ったワイングラスに施すことで、伝統の「美」と「技」を守り伝えてゆくことにあります。そして、その延長線上には更なる大義があるのです。今回から始まる第3クール4回の連載では、過去のコラムの中で、読者の皆様の関心の高かった「失われつつある日本文化の実態と、その原因。」を、より具体的な例を挙げながら、掘り下げて行きたいと希望しています。

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日本人の日本知らず 第9回 ≪伝統工芸の危機3≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
実態のある啓蒙活動
今年の5月末に掲載したこのコラムに、ある在日の外国人の方から感想を寄せていただき、「私も日本の伝統文化の衰退を憂い、その原因は日本の教育にある。」という、ご意見を頂戴いたしました。現実に、日本の義務教育である小学校や中学校の教科書では、日本の伝統や文化に触れる項目はほとんどありません。まして日本の伝統的な美術品に触れる項目は皆無といっていいほどです。さらに、先般「高校の卒業単位不足」で話題となったように、高校の歴史教育は大学受験を中心に廻り、日本史は選択科目ですらないのです。
さらに、コラムを寄せていただいた方の感想には、「貴方のコラムのタイトルと一部の内容はネガティブな方向にフォーカスし過ぎていて、非生産的である。」とのご指摘がありましたが、この「ネガティブ」という部分に関しては、「危機意識の喚起」とご理解いただき、また「非生産性」という部分に関しては、本業の美術品の販売や、この第3クールでお話しているような、「本金蒔絵ワイングラス」などの企画や製作などを通して、実態のある日本文化の啓蒙活動を続けていることを知っていただきたいと希望します。

厳しい現実
国際化を推し進めるあまり、日本が伝統や文化を蔑ろにしてきたことに加え、日本の歴史や伝統を先の悲しい戦争と結び付ける戦後教育の歪から、ほとんどの日本人が自国の伝統的な文化や工芸品を知らないのです。さらに、日本人自身が伝統的な工芸品を使わなくなったことに加え、他のアジアの国で作られる廉価品やコピー商品の蔓延によって、日本の伝統工芸は衰退の一途をたどっています。
前回のコラムでお話した「蒔絵」などの技術は、ピアノやヴァイオリンと同じく、日々の反復練習によって得られるものであり、若い職人ほど数をこなして腕を磨き、その確かな「技」の上に本当の「美」が降りるものなのです。しかし近年の「蒔絵」を取り巻く環境は、技術を養う以前の厳しい状況にあります。仕事の少なくなった、ある若い蒔絵師は、収入を補うためにコンビニでアルバイトをしながら、細々と仕事を続けていました、しかし彼は婚約を機に、安定した収入のあるコンビニエンス・ストアーの社員になりました。正に「本金蒔絵ワイングラス」は、そのような若い蒔絵師達の仕事を増やすことを目的として考案したものなのです。

根本からの発想転換
いかに伝統があろうと、技術がすぐれていようと、すべての物事は必要とされなければ存続しないのです。現代の日本人が使わなくなった「お椀」や「重箱」に、いくら優秀な蒔絵を施したところで、需要がなければ、それは無駄になってしまいます。「本金蒔絵ワイングラス」は、「たとえ漆器の上でなくとも、今、需要のあるものに蒔絵を施す。」という、根本的な発想の転換から生れ、さらにこの需要によって、「本物の技術を未来に繋ぐ。」という大義によって制作したのです。
この大義にご賛同いただいたリーデル・ジャパンのウォルフガング社長を始め、PRマネージャー吉田裕子さんのお力添えで、「本金蒔絵ワイングラス」は美しいばかりでなく、ワインをより美味しく飲むために葡萄品種ごとに形状を工夫され、多くのソムリエ達が推奨するリーデルというキャンバスを得たのです。そして、一昨年の秋には、オーストリアからリーデルの会長ゲオルグ・リーデルご夫妻が富士鳥居を表敬訪問され、蒔絵師も京都から駆けつけて実演をご覧頂き、リーデル氏より若い蒔絵師に励ましの言葉を頂戴いたしました。しかし、日本の伝統工芸において、この「本金蒔絵ワイングラス」ような成功例は極めて稀なものなのです。

存在意義の危機
このような伝統工芸の衰退は、実は日本に限った事ではありません。私の友人が、アメリカ本土でネイティブ・アメリカンのシルバー・ジュエリーを探した時、そのほとんどが中国製であったという話を聞きました。その友人はネイティブ・アメリカンの精神性に興味を持ち、せめてその血を受け継ぐ人の作品にこだわっていたようです。しかし、効率と利益優先の時代にあって、本来、量産品や工業製品とは違う伝統工芸も、いつしかその波に呑み込まれ、人件費の安い国で量産した結果、本物の技術者が職を失い、後継者が育たないという事態が世界各国で起きているのです。
洋の東西を問わず、伝統工芸というものは、見た目が同じであればよいというわけではありません。その根本には、それぞれの国の伝統と文化に裏打ちされた「技」と「心」があり、それが「国や民族の誇り」でもあるのです。日本人の中にも「伝統工芸などなくても生きてゆける。」と言う人がいます。確かに、ただ生活するだけならば、プラスチック製品だけで十分でしょう。しかしその発言は、「日本などなくとも生きてゆける。」ともとれるのです。そして、それは自らが生れた国の伝統や文化、ひいては自らの存在自体を否定することではないでしょうか。

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日本人の日本知らず 第10回 ≪伝統工芸の危機3≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
教育の恐ろしさ
このコラムは日本語で執筆したものを、ヘラルド・トリビューン朝日新聞と提携関係にある、株式会社ファイネックス(www.finex.co.jp)の桑原信彦社長のご好意で翻訳していただいております。7月25日に掲載したコラムの翻訳段階で、

"The cultural naivete can also be attributed to a distortion of post war education that has led us to believe that Japanese tradition caused WWII."

となっていた部分を、朝日新聞英文メディアチームの山田千寿さんから、「これでは、栗原さんの意図が正確に伝わらない。」という、ありがたいご指摘をいただき、この部分を翻訳しなおして掲載いたしました。
日本語という複雑な言語の翻訳には限界があり、後々このコラムで「日本語」についても書くつもりでおりますが、私があの部分でお話ししたかったのは、「戦後の日本では、自国の伝統や文化すら、先の戦争と結び付けて、否定するような教育がなされてきた。」ということなのです。それが、前回のコラムの最後にお話した、「日本など無くても生きてゆける。」という、一部の人達の意識を生み出しているのではないでしょうか。

本当の評価
敗戦後、日本人の眼に飛び込んできたのは、物質文明を謳歌するアメリカの姿であり、それは敗戦によって自国への自信を失っていた日本人にとって、眩いばかりの情報や映像でした。このようなPR活動によって、占領下の日本では、アメリカ的なものは「善」であり、日本的なものは「悪」であるかのごとく扱われてきたのです。これは、日本の気候と風土に培われ、二千年の歴史と文化に育まれた、日本古来の風俗や習慣にまで及びました。
日本人は諦めとともに、すべてを受け入れ、一日も早くアメリカの映像にあるような物質的に豊かな生活を夢見て働き続け、よりアメリカ的な在り方を模索する中で、日本の伝統や文化を蔑ろにしてきたのです。もちろんこれは戦後の占領政策の一環でもあり、それに沿った日本政府の方針でもありました。そのような流れの中で、日本人自身が伝統的な工芸品を使わなくなり、それらに関する知識すら失ったのです。そして戦後60年、とうとう日本人は自国の伝統や文化までも、古めかしく価値の無いもののように扱い、その結果、日本人は正義や道徳までも失い、現在のような混乱を生み出しています。日本の伝統や文化、日本人の美徳は、むしろこのコラムをお読みの在日外国人や海外の識者の方達によって評価、賞賛されているのです。

滅私奉公
戦前の日本では、すべての人が高校や大学をめざすのではなく、「丁稚」や「奉公」といった、職人の工房や商家で働きながら手に職を着ける道がありました。これは「徒弟制度」と呼ばれ、13歳から20歳という多感な時期に、仕事を通じて「物造りの心」や「奉仕する喜び」を学び、「学歴」や「収入」に関係なく、仕事に対する「誇り」や「遣り甲斐」を育てました。また仕事ばかりでなく、雇い主が親代わりとなって、人としての「礼儀」や「作法」、物事の「筋」や「道理」を教えたのです。確かに、戦後の教育を受けた我々にとっては、「丁稚」や「奉公」という言葉には前近代的で封建的な響きがあり、「徒弟制度」からイメージするものは、はっきりとした上下関係の中での「辛抱」や「我慢」といった非人間的な扱いです。
しかし、このようなイメージは小説や映像によって誇張されたものも多く、「徒弟制度」は決して辛いだけのものではありませんでした。また、日本の労働形態を表現する言葉に、「滅私奉公」がありますが、この言葉にもまた大きな誤解があり、これは「私を虚しくして、他に尽くす」ことではなく、「私利私欲を捨て、公に奉ずる」ことなのです。

日本の再認識
このように、長く日本人自身が日本の伝統や文化を蔑ろにしてきたことは、日本の伝統工芸においても、職人の技能低下や後継者問題など、その衰退の原因となっています。云ってみれば、伝統工芸を使わない世代が、伝統工芸の世界に身を投じるわけもなく、さらにその技術指導においても、伝統や年季を重んずる世界は、自由を履き違えた若者達にとって窮屈でしかないでしょう。さらに、そのような若者達に一から「物造りの心」を教えることは、教える側にとっても、大変な「忍耐」と「辛抱」を要求されるのです。
ただ伝統工芸の技術を残すだけならば、各地に専門学校や美術大学もあり、加えて近年では多くのカルチャーセンターなどでも伝統工芸の教室が開かれています。しかし、私が目差しているのは、「ただ物が作れればよい。」という事ではなく、日本の「物造りの心」を基にした「プロとしての技能と意識」なのです。そして、このような後継者育成と技術向上のための活動の一つが「本金蒔絵ワイングラス」なのです。
現代生活に即した、ワイングラスに蒔絵という新しい発想によって、若い職人達に夢と仕事を与え、その需要による生活の安定とともに、彼らの技能と意識の向上を目的としているのです。そして何よりも、このような活動を通じて、日本人自身が「日本の美」や「日本の物造り」の素晴らしさを知り、日本の伝統や文化を再認識して、自国に対する意識と誇りを取り戻してもらいたいと希望しているのです。

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日本人の日本知らず 第11回 ≪伝統工芸の危機4≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
第3クールの最終章
6月末から始まった第3クールでは、オーストリア・リーデル社製のワイングラスに京都の蒔絵師が本格的な蒔絵を施した「本金蒔絵ワイングラス」の製作を例に上げて、日本の「伝統工芸の危機」と「伝統工芸の新しい試み」についてお話し、前回のコラムでは、日本人が自国の伝統工芸や文化に無関心であることの根本には、日本の戦後教育に問題があることをお話しました。そして、第3クールの最終章となる今回は、先ず以って「伝統工芸などなくても生きてゆける。」「国(日本)などなくても生きてゆける。」という、一部の人の意識についてお話したいと思います。
20世紀の文明は、民主主義や資本主義という言葉の裏に隠された、競争原理や拝金主義がその根本を成しています。その原理主義からすれば、「金銭的な利益を生まない伝統や文化は必要ない。」ということなのでしょう。現在の加速度的なグローバリゼーションとは、国という枠組みを排し、グローバル・スタンダードという名の下に、資本や資産の統制による一極化を目差しています。このような流れの中で、何故私が、伝統工芸やその技術を守ろうとしているのか、それは、それぞれの国の文化や芸術こそが、自らの存在を認識する重要な要素であり、人が人として、人間らしく生きるための根本だと考えているからなのです。

文明の歪
英国の産業革命に始まる、文明の爆発によって、確かに人類の生活は便利になりました。市場には様々な商品が溢れ、情報一つを取っても、100年前には考えられないほど、世界中の情報を手にすることができます。そして、それらは人類の生活を豊かにし、無限の繁栄をもたらすかのように見えました。しかし近年、このような繁栄にも歪が見え始めています。
物質文明や貨幣経済を推し進めるあまり、人間が切り捨ててきたもの、置き去りにしてきたものは、物心を問わず数多くあるでしょう。そして近年、「人間が選択してきた科学技術や文明の中に、地球上の生命や地球自体にとって有害なものがなかったか。」、また「人類はそれをきちんと取捨選択してきたのか。」という議論が始まっています。これは、「地球環境」を初めとして、「種の保存」をも含んだ、人類への大きな問いかけでもあるのです。本来、人類すべての繁栄を目的としたはずの20世紀の文明とは、いったい何のため、誰のための繁栄だったのでしょうか。

Lacquy-marker
例えば、「漆」という天然の素材一つをとってしても、戦後の日本では科学塗料の便利さばかりがPRされ、かつては「漆の国」と呼ばれた日本でも、「漆」自体の生産量が激減しました。いずれは土に還り、燃やしても有害な物質を出さない、この美しい「漆」という塗料を衰退させたのは、いったい何のため、誰のためだったのでしょうか。私は今年、日本産の薄い板に「漆」を塗り、その上にさまざまな伝統技法で文様を施した、「漆」塗りの書籍用の「栞」、商標“Lacquy-marker”を商品化しました(11月発売)。この“Lacquy-marker”には、日本人自身に「天然の素材」である「漆」の良さを見直してもらうと同時に、「日本の伝統と文化を守り伝える。」という大義があります。そして、この“Lacquy-marker”は、21世紀のエネルギー問題をも含め、全世界の人々に向けた、「人類にとって本当に必要なものは何か。」という問いかけでもあるのです。

本当に必要なもの
私は科学や文明を否定する者でも、回顧主義者でもありません。
まして極端なスローライフ推進者でも、流行の精神世界の信奉者でもありません。しかし、「人間も地球上における生物の一種にすぎない。」という観点から見れば、地球は微生物から人類にいたるまで完璧な相互依存によって成り立っています。この偉大な地球の営みを、人間の勝手や欲望のために、生命の連鎖や循環を断ち切ってきたことを、人類は謙虚に反省すべきではないでしょうか。
効率や利益が優先される時代にあって、読者の皆様にもそれぞれの考えと、お立場があるでしょう。しかし、もう「漆」は必要ないのか、そして何故「伝統」や「文化」は退けられてきたのかを、我々は知る必要があります。そして、「人間にとって本当に必要な物とは何か。」、「本当の豊かさとは何か。」、「本当の幸せとは何か。」を考える時、個人の利害や目先の利益、所属する組織や指導者の理論ではなく、一人の人として、自らの内なる心の声に、一人ひとりが耳を傾ける時が来たのではないでしょうか。

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日本人の日本知らず 第12回 ≪日本語と日本人1≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
私は、日本語という独特の言語が、日本人の「考え方」や「在り方」に大きな影響を及ぼしてきたと考えています。お蔭様で、このコラムの連載も12回目を迎え、今回から始まる第4クールでは、「日本語と日本人」と題してお話ししたいと希望しております。

日本語と日本人
明治の開国によって、日本を訪れるようになった外国人が何よりも驚いたのは、チョンマゲに代表される日本人独特の風貌や文化ではなく、日本人の「礼儀正しさ」や「勤勉さ」だったと云われます。またそれは、言葉の壁を越え、貴賤をも問いませんでした。さらに戦前の日本が国際社会で高い評価を受けていたのも、一部の日本人の語学力もさることながら、やはり日本人の伝統的な「考え方」や「在り方」によるものでした。
私は長年、「日本が本当に国際化するためには、先ず日本人自身が日本のことを知るべきだ。」と、主張してきました。昨年12月のこのコラムで取り上げた、藤原正彦氏のベストセラー「国家の品格」を例に挙げるまでもなく、「たとえ語学が堪能であろうとも、自国に関する知識がなければ、国際人としては通用しない。」という現実を、このコラムをお読みの日本人読者の皆様は良く知っておられるでしょう。近年一段と、日本人の海外留学や研修も増え、バイリンガルな日本人も多くなってきましたが、ここで改めて母国語である日本語について考察したいと思っております。

特殊な地勢
広い意味で言えば、日本は世界でも稀な単一民族、単一言語の国家です。比較的に温暖な気候で、めりはりのある四季があり、清らかな水と食物に恵まれた美しい風土の中で、日本人は大自然に対する畏敬の念と感謝の心を基本として生きてきました。また日本は、極東に位置する島国であることから、文化や文明の終着点という地理的条件にありました。さらに隣国とは海を隔てていることから、先の大戦までは、他国の侵略による文化や言語の「塗り替え」がありませんでした。このような恵まれた環境の中で、日本はゆるやかに外国の文化や文明を取り入れながら、独自の言語や文化を熟成させてきたのです。
そして、この二千年の歴史の中で培った、日本人の特質ともいえる「異文化や異なる宗教を、否定や破壊することなく、柔軟に取り入れ、融合してゆく。」という、「享受」と「和合」の精神こそが、この国の根本を成しています。そして、このような日本人の精神性が日本語の成り立ちにも大きな役割を果たしました。

漢字の導入
有史以前から日本で使われてきた「大和言葉」は、未だにその源流が解明されないほど独特なものですが、古代の日本には文字がありませんでした。日本は独立を維持しながらも、中国という強大な隣国の影響を受け、大陸からの文物の流入によって日本人は漢字を目にするようになります。日本では、1世紀頃の小国家成立の段階で、その国造りや律令を中国に学び、概ね5世紀頃から公の場では中国の文字、「漢字」を用いて中国語(漢文)で表記していました。
私は、「日本語への漢字の導入こそが、後の日本人に大きな影響を与えた。」と、考えています。
時を移さず日本人は、「漢字」一文字一文字に、中国語の発音とは別の、「大和言葉」の「音」と「意味」を当てはめ、「和歌」などの表記に取り込んでゆきます。これが、「音読み」といわれる日本語の「音」を表す読み方と、「訓読み」といわれる「意味」を表す読み方の基礎となってゆきます。当初、この二つの読み方は、中国語で書かれた「漢文」を翻訳する(読み下す)ためのものでしたが、日本人はこれらを自由自在に使い分け、「漢字」を「日本語」の一部として取り込んでゆきました。

日本独自の「表音文字」
日本人は「漢字」の導入によって「文字」を手に入れたばかりでなく、それらを日本語に取り込むことで、後々の日本人の「感性」や「意識」に関わる、大きな二つの進化を果たしました。その一つは、元々が象形文字である「漢字」それぞれに、日本語の意味を当てたことで、「日本人は字面による、瞬間的な判断力と、物事を想像する情緒を得た。」と、私は考えています。この「能力」については、次回のコラムで詳しくお話したいと思います。
またもう一つの進化は、9世紀頃に「漢字」を簡略化して、「音」だけを表現する50の記号(文字)を発明したことでしょう。これは、日本独自の「表音文字」で、「漢字」を「真名」と呼ぶのに対して「仮名」と呼ばれ、「ひらがな」「カタカナ」の二種類があり、またそれぞれに使い分けがあります。この「仮名」と「漢字」と組み合わせることによって、日本語の文字表記の間口は一段と広がり、日本人の物事や感情、森羅万象に対する表現に奥行きが与えられました。また逆も真なり、私は、「文字表現の間口や奥行きの伸長が、同時に日本人の感性や情緒の広がりや深みとなった。」と考えています。そして、この「仮名」を発明した最も大きな功績は、数多くの「漢字」を覚えずとも「読み書き」ができるようになったことであり、後にこれが宮中の女性を始めとして、日本人全体の識字率を飛躍的に向上させるきっかけとなりました。

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日本人の日本知らず 第13回 ≪日本語と日本人2≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
日本語に対する認識
前回は、第4節の「日本語と日本人」(4回連載)の一回目として、日本語が成立した日本の「特殊な地勢」、また「漢字の導入」による日本語と日本人の変化、さらに日本独自の「表音文字」である「仮名」発明の利点をお話ししました。先日、ある日本人読者の方から「当たり前の事として気にも留めていなかった、日本語という母国語を、あなたのコラムを読んで、改めて意識しました。」という、大変ありがたい感想が寄せられました。
よく、「日本人ほど自国に対する意識と認識が低い民族はいない。」と言われますが、これは以前からこのコラムでお話ししている、日本の戦後教育の欠陥によるものでしょう。私は美術商として、日々多くの外国人や海外と関わりのある日本人の方々と接してきた経験を踏まえ、本誌をお読みの皆様に、日本の実像や真実をお話ししたいと希望しています。さらに、先日このコラムに感想をお寄せ頂いた日本人読者の方のように、日本人自身が忘れかけている、この国の素晴らしさを一人でも多くの方に認識して頂くとともに、自らが生れた国に誇りを持って頂きたいと願い、このコラムを書き続けています。

言語とイメージ
前回のコラムにも書いたように、私は「漢字を日本語化したことで、日本人は瞬間的に物事をイメージする能力を発達させた。」と考えています。人間は会話をしながら、また文章を読みながら、意識の中に映像を浮かべています。たとえば、お気に入りのサッカー・チームの話をする時、我々はチームのロゴ・マークや昨晩の劇的なゴールシーンを無意識のうちに思い浮かべているのです。たとえそれが経験に基づいたものでなくとも、シェークスピアを読みながら、中世ヨーロッパの月明りに浮かぶバルコニーを、過去の情報の蓄積から、頭の中にイメージしています。
このように、人間の意識や思考はイメージと表裏一体を成しています。また、人間はイメージや画像によっても物事を認識し、思考しています。さらに我々は、物事を言葉や文字でも記憶し、過去に蓄積された語句や文節によっても思考を補完しているのです。そして日本人は、表意文字を日本語化したことによって、文字の「字面」だけで瞬間的に意味や内容を理解しています。これは日本人が、「言語を画像情報として認識する能力を獲得した。」ということでもあるのです。

膨大な言葉と文字
「漢字」の導入ばかりでなく、「仮名」の発明もまた、日本語が大きく飛躍した一つの要素でしょう。「仮名」は50音で表記する、日本語のアルファベットであり、前回もお話ししたように「仮名」には「ひらがな」と「カタカナ」の二種類があります。言語学的には、同じ「音」の表音文字はどちらかが自然淘汰されるものですが、日本人は、純粋な日本語の「音」には「ひらがな」を使い、外来語や擬音には「カタカナ」と、両方を使い分けてきました。「漢字」と同様に、このような「読み分け」や「使い分け」、言い換えれば、「言葉や文字の多様性」が日本語の最大の特徴であり、また面白さでもあるのです。
現在、日本で使用されている「当用漢字」だけでも1850字あり、二種類の「仮名」で100文字あります。さらにそれぞれの「漢字」と「仮名」を組み合わせる「送り仮名」によって、動詞、助動詞、形容詞など、掛け算で変化します。加えて、明治になると「仮名」をアルファベットで表記するために「ローマ字」の50文字が制定され、そして近年のグローバル化に伴い、日本人はさまざまな国の外国語を原語のままで、会話や表記に取り入れています。このように、日本人は膨大な量の言葉や文字を駆使して会話し、また文章を書いているのです。そしてまた、この膨大な量の言語情報の処理にも、「情報の画像化」という能力が活かされています。

日本人というハードウェアー
それぞれに多くの意味やイメージを含む膨大な言葉や文字を使用して、複雑に変化する言語を使用している日本人、言い換えれば、日本語という大容量のプログラムを起動している日本人というハードウェアーは、世界でも類を見ないのではないでしょうか。このプログラムには言葉や文字の「言い換え」や「使い分け」以外にも、「省略」や「敬語」といった独自のシステムが組み込まれています。日本人は、この「省略」によって新しい単語や言葉を作り出し、「敬語」によって、自らの立ち位置や状況を把握し、さらに物事の価値観を言語に織り込むことで、瞬間的に多くの情報を遣り取りすることができるのです。この「省略」や「敬語」については次回のコラムで詳しくお話しするつもりでおります。
前回と今回の二回でお話ししたように、日本において言語や文字は単なる情報の伝達手段ではなく、日本人の思考や感情にも深く関わっています。さらに日本には、「言霊」という考え方があり、「言葉」や「文字」自体がエネルギーを宿し、すべての事象に影響を与えていると考えられてきました。「祈り」という行為を例に上げるまでもなく、「人間の意識がすべてを創造する。」という考え方は有史以前から存在し、「人間の言葉や文字のエネルギーが物質化している。」というのです。私は最近、「古の聖人や哲人達の英知と、最先端の量子力学の世界が、歩み寄ってきているのではないか。」と、感じています。

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日本人の日本知らず 第14回 ≪日本語と日本人3≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
名前と敬称
この第四節の「日本語と日本人」第一回(www.fuji-torii.comで公開中)に対する、朝日新聞のこのコラムの担当者、英文メディア・グループの江刺(Mrs.)さんの感想に、「外国人の友人が、日本人は名前にも意味があって、ユニークだと言っていた。」というお話がありました。私の娘は11月2日生まれで「Akiko」と申します。日本では11月は秋にあたり、「音」の「Aki」は「秋」を、「Ko」は「子供」を意味します。漢字での表記は「亜生子」と書き、「亜(A)」の文字には「後継ぎ」という意味があり、「亜生子(Akiko)」の三文字で「アジアに生きる子供」という意味があります。また娘の愛称は、「亜生子」を短縮した「亜子(Ako)」であり、これは我が子に対する親の敬愛の呼称でもあります。このように、日本人の名前には多くの意味と表記があり、そこには親の思いが深く込められています。
またその表記も、「漢字」で「亜生子」、「ひらがな」の「あきこ」、「カタカナ」で「アキコ」と書くのとでは、日本人はそれぞれに違った印象を持つのです。加えて日本語には多くの「敬称」があり、「亜生子様(Akiko-sama)」や「あきこさん(Akiko-san)」、また「アコちゃん(Ako-chan」、さらに「アコ!(Ako !)」と呼び捨てにするなど、さまざまな表現と「敬称」の組み合わせを、状況や場所で使い分けています。そして、どの「敬称」を使っているか、或いは使っていないかによって、日本人はその状況や当該者との関係を判断しているのです。

敬語の意味
前出の「敬称」もその一部と考えられますが、日本語には、より複雑な「敬語」という表現があります。日本語における敬語は、英語の「Please」や「Sir」などの丁寧な言い回しや上下関係を明確にするばかりではなく、対象への「尊敬」や「愛情」、それを踏まえた上での「遠慮」を意味しています。
また、日本語の「敬語」には「献上語」「尊敬語」「丁寧語」などの種類があり、日本人はこれらの種類によって、使用している人の立場や価値観を理解し、さらにその使われ方によって、それぞれの状況や人間関係を把握しています。例えば、電話で話している人の「敬語」の使い方で、その人と相手の立場や人間関係、また対象に対する意識などを理解することができるのです。これは「敬語」が、日本人の「意識の表現方法」であることを意味しています。
ここで、読者の皆様に是非とも知っていただきたいのは、日本語において、「敬語」を使うという意識の根本には、「目上を敬い、和を尊ぶ」という精神性があるということです。それはまた、日本人の「敬愛の精神」と「謙譲の美徳」、森羅万象に対する「畏敬の念」の顕れでもあるのです。しかし、衷心から残念な事に、今の日本では、この「敬語」の使用が曖昧になり、大の大人が、場所や立場もわきまえず、若い学生の使うような言葉を使うようになりました。これもまた、日本の戦後教育の欠陥であると同時に、日本人自身が自国の素晴らしさを認識しなくなった結果でしょう。

「省略」と「造語」
このコラムの始めにお話した、私の娘の愛称のように、日本人は名称や語句の「省略」や「短縮」によって、新しい言葉を作り出します。この「造語」の機能もまた日本語の一つの特徴であり、これも日本語の文字にそれぞれ意味があるからこそ成せる技でしょう。
例えば、東京の「原宿」という街の「裏通り」に広がる、若者向けの店舗や文化圏の表現として、裏通り(Side rode)という意味のある漢字「裏(Ura)」と、地名を略した「原(Hara)」という漢字を組み合わせて「裏原(Ura-hara)」という新しい言葉を造り出します。
このような「省略」や「短縮」による「造語」によって、日本語は増殖、拡大を続けているのです。
しかしならが、「裏原(Urahara)」のような新しい言葉には、すでに同じ発音の別の意味の言葉(「裏腹」)が存在していることがあります。両者の違いは、文字で表記すれば一目瞭然なのですが、日本人は会話の中で、その話題や流れなど、それぞれの状況で判断し、使い分けています。さらに、その言葉を使っている人が、どの言葉を認知し、使用するかによって、その人の年齢や所属、また興味の対象などを判断しているのです。このような「同音異句」の使い分けが、外国人をして日本語を「テヴィル・ラングェジ」と言わしめる原因かもしれません。

「言葉遣い」と表記
今回お話してきた「敬称」や「敬語」、「省略」や「造語」以外に、日本語には、さらにもう一つの大きな特徴があります。それは「言葉遣い」と言われる、年齢や男女の差、生れた地域や生活環境、また立場や職業などによる、「言い回し」や表現方法の違いです。逆もまた真なり、日本人は、この「言葉遣い」によって対象となる人物の「人と成り」や「状況」を、ある程度理解しながら会話し、文章を読んでいるのです。
加えて日本人は、この「言葉遣い」の延長線上にある、使用する文字の形や筆記用具などによっても相手の人物像を予測しています。例えばこのコラムを、若い女の子の「言葉遣い」で、彼女達が使う「丸文字」や「ギャル文字」で書いたとすれば、日本人読者の多くは、若い女の子が書いたものと認識するでしょう。また手紙などに、日本の伝統的な筆記用具である墨や筆を使用して文字を著せば、それは在る程度年齢を重ねた趣き有る人からの書簡だと理解されるでしょう。これは前回のコラムでお話した、日本人が言語を画像として認識していることが基になっているのです。

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日本人の日本知らず 第15回 ≪日本語と日本人4≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
言語水準の低下
先日、ある読者から寄せられた感想の中に、日本における若者達の言葉遣いや敬語の乱れについて、「現代の日本人が自分達の言葉遣いによって自分自身を定義されるのを望まなくなったからではないでしょうか。日本も、他の国々と同じように、難解で社会的に不必要になってきた会話形式を失いつつあるのです。」というご意見をいただきました。確かに、読者の方がおっしゃるように、世界中で今、昔ながらの美しい言葉が使われなくなっています。ある意味では、これもまた言語上の進化の一つなのかもしれません。
しかし、このような現象は何を意味するのでしょうか。もちろん、古い言語形式を「難解」と捕らえるか、言葉や表現に「深み」があると捕らえるかは個人の自由でしょう。しかし言語の単純化は、「言語水準の低下」や「文化の衰退」とは言えないでしょうか。私は正に、このような状況を憂いて、この一年余り、このコラムを書き続けてきたのです。
実力主義の社会では、「年功や立場などというものは前世紀の遺物」とお考えの方も多く、簡素な言語は会話や伝達において神経を使う必要もないでしょう。また先進国といわれる国では、一段と「個人の自由な選択」や「モノセックス化」が進んでいることも承知しています。しかしながら、「神経を使う」ということは「頭を使う」ということであり、自らが生れ持った「性」や、自分が置かれた立場や環境を受け入れてゆくことも、「人としての成長」や自らの「心の安定」に繋がると、私は考えています。

国の乱れ
言うまでもなく「良い」「悪い」の判断は相対的な価値観の中にあり、それぞれのお立場や利害によって、多くのお考えやご意見もあるでしょう。近年のグローバリゼーションの中で、ビジネス上の伝達や管理を考えれば、言語の単純化や統一は、確かに都合が良いかもしれません。しかし、人は目先の利益や効率のためだけに生きているのではありません。言うまでもなく人は、金銭的な価値では計れない、自らの内にある「心」という存在によって生かされているのです。
日本では古より、「言葉の乱れは国の乱れ。」と申します。今の日本では、昔ながらの美しい日本語が失われ、むしろ、そのような日本語を使うこと自体が古臭く、堅苦しいとさえ思われるようになりました。そして、とうとう「折り目正しい生活」や「真面目な在り方」が、奇異の眼で見られることすらあるのです。このような根本的な考え違いは、自由という言葉の意味を履き違えた、日本の戦後教育の欠陥であり、それは先の悲しい戦争の責任を、戦前の日本の教育や日本人の考え方にあるとして、闇雲に欧米的な考え方やシステムを受け入れてきた結果でしょう。

日本の心
「和を以って尊し」となし、「和合と享受の精神」を持つ日本人は、決っして好戦的な民族ではありません。先の悲しい大戦は、あの戦争に関わったすべての国の人々が、銃後の家族や国の安泰を願い、それぞれの民族の誇りを保つために、目先の利害を越え、自らの命を犠牲にしてまでも、人としての道を求めた結果であったと私は考えています。そして、このような想いは、人種や宗教を問わず、世界中のどの国の人も同じではないでしょうか。
歴史を省みれば、権力や武力による言語や文化の統制や塗り替えは、国それ自体の破壊に繋がってきました。現在、一部の国によって行われている、治安の維持や資本の統合は、一見ボーダレスで平和な世界を作るように見えますが、その延長線上には「物欲や不安による人心のコントロール」、「特定の資本や組織による一極支配」、「食料やエネルギーの統制による人類の管理」が存在する事に気付き、警鐘を鳴らす人が増えてきています。
私がこのコラムを書き続けている理由も、このような危機感にあり、グローバルスタンダードの名の下に、加速度的に失われつつある「日本語」や「日本文化」を守り伝え、その根本にある「日本的な在り方」や「日本人の心」を世界に発信して行くことで、人間本来の「優しさ」や「思い遣りの心」を取り戻せると信じ、微力ながらも、このコラムを書き続けているのです。

パトリオットとして
第4節「日本語と日本人」の最終回にあたり、私はここで改めて申し上げます。「私はナショナリストではなく、パトリオットであります。」、自らが生れた国の言葉や文化を愛する事に何の問題があるでしょうか。このコラムを読んでいただいている多くの外国人読者の皆様に、私が是非ともお尋ねしたいのは、「皆様の国では、それぞれの言語や文化が、守り伝えられているか。」、そして「これからの子供達にどのような形で国を残してゆくのか。」ということです。
先日、私の店にお越しになったアジア系外国人の方も、「私の国でも、君のコラムに書かれているのと同じ問題(文化と国の崩壊)が起きている。」と、話しておられました。もちろんこれはアジアに限ったことではなく、ヨーロッパ諸国においても多くの伝統的な風俗や習慣、文化が失われつつあります。地球上には数多くの国と、それぞれの言語や文化が存在し、またそれらは、それぞれの歴史と英知によって培われてきたのです。私はそのような多様性こそが人類発展の根本であり、それらを一つの価値観や利害によって否定や払拭することなく、それぞれの在り方を尊重し、「和」して行くことこそが、人類が本来あるべき姿だと考えているのです。
バベルの塔で神は言葉を乱されました。しかし、それは驕り高ぶった人間への鉄槌としてばかりでなく、さらなる発展のための「神の愛」ではなかったのでしょうか。次回から、「美というエネルギー」と題した、第5節が始まります。

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日本人の日本知らず 第16回 ≪美という名のエネルギー1≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
美術市場の混乱
現在、全世界的に絵画や美術工芸、古美術や現代美術を含む美術市場が大きな混乱をきたしている。その原因は、約20年前に日本で起きたバブル経済と同じように、幻想や思惑によって膨らんだマネー、国を越えた金融資本が投資先を求めて美術品市場に流れ込んでいることによる。それらは、美術品本来の需要ではなく、投機の材料としての需要、言い換えれば、「美」を必要としない実態の無い美術品の需要である。
正に、日本のバブル期を彷彿とさせる世界規模で蠢く中国やロシヤのマネー、また投資ファンドによる美術品への投資がさらなる投機を呼び、近年多くの美術品が本来のコレクターや美術館の手の届かない価格で売買されている。
約20年前、国際金融資本の思惑による日本の金融政策の変更によって、不動産につられる形で美術品の価格も、それ以前に比べて数倍の高値を呼び、後のバブル経済崩壊後には、バブル以前の価格を下回った。それは、当時の美術品相場の高騰によって純粋な「美」に対する需要を蹴散らし、さらに後の下落によって一般の人々の美術品に対する信用を失墜させた結果である。
もちろん資本主義の原則からすれば、一番の高値を付けた者がそれらを所有するのは当たり前であり、思惑による相場の乱高下こそが利の元であろう。しかし、そのような経済の原理主義を、人類全体の宝とも云うべき絵画や美術品に、安易に当て嵌めてよいものだろうか。

第五節の趣旨
世間一般には、古美術や美術品と云うと、「高価な物」、「値段があって無いような物」などの認識があるようだが、美術品はすべてが高価な訳でも、値段が曖昧なわけでもない。確かに先日のオークションで取引された運慶の仏像のように十数億の物もあるが、一口に美術品と云ってもそのジャンルは幅広く、また、その質と価格は正にピンからキリまである。ましてこの世界には贋物すら存在するのである。
これは美術品に限らず、物やサービスの価格は相対的な価値観の中にあり、価格の高い安いは、それぞれの人の価値観や金銭感覚によるものである。かつて、或る自動車メーカーの宣伝に「高い百万円もあるが、安い百万円もある。」という銘コピーがあったが、正にそれは我々の価値観によって価値も代価も変わるということであり、人それぞれの美術品に対する知識や意識によって金銭的な意識が違うということである。
日本のバブルの頃、弊店の外国人のお客様に、「日本人は貧しい、高価な欧州車を買える人は多くても、自国の美術品の価値を知る人が少ない。」と言われ、一人の日本人として恥ずかしい思いをしたが、誠に残念な事に、今でも日本人は自国の美術品よりも外国のブランド品の方に価値を見出しているようである。
言うまでも無く、日々の食料や生活に困窮している人達にとって、美術品などというものは無用の長物であろう。むしろ、世界中の多くの国が最低限の食糧や医薬品すら手にできない中で、美術品を愛で、語れる余裕のある国に生れたことを、我々は天に感謝すべきではないだろうか。
このコラムの冒頭でお話したように、美術品はこの20年で、その需要形態ばかりでなく、それらを取り巻く環境が著しく変化した。一昨年の秋から続く、この「日本人の日本知らず」というこのコラム(バックナンバーはwww.fuji-torii.comで公開中)の、今回から始める第五節では、日本と世界の美術品の市場を比較しながら、「美術品の流通の仕組み」や「美術品の価値や価格の基準」、そして「美術品の成り立ち」や「美術品とは何のために存在するのか」、さらに「美しいとはどういうことか」という「美の概念」をも含めた、「そもそも論」から考察したいと希望している。

生活には必要ないもの
そもそも美術品などというものは、人間の根本的な欲求である「生存本能」や「種の保存」には無用のものである。しかし、「美しいと思う心」、「美しいものを欲する」という行為は、ある意味では、人間が人間であることの証ではないだろうか。もちろんその裏側には、人間の複雑な意識や欲望が見え隠れするのである。
すべてを金銭的な価値に置き換えて物事を評価、判断する現代において、人の心を映す美術品すら投機の対象となり、美術品はその本来の意味を失いつつある。またその裏では、純粋な「美」への評価を逸脱して、その価格を吊り上げるために多くの仕掛けやシステムが構築され、むしろ美術品本来の価値を台無しにすることさえある。 私は、20世紀を「物質の時代」、そして21世紀を「心の時代」として捉えている。そして、資本主義というシステムが破綻しつつある中で、世界は加速的に灰色の無機質の世界を構築しているように思えてならない。私は、この混沌とした時代にあって、人間が人間らしく生きるためのヒントが、人間が美術品を愛でる心に、あるのではないかと考えている。

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日本人の日本知らず 第17回 ≪美という名のエネルギー2≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
美術商の家に生まれ
前回の、第5節の第一章でお話したように(fuji-torii.comで公開中)、現在の美術品市場は、世界規模の金融資本に翻弄され、日本ばかりでなく全世界的に美術品の評価や価格が混乱しています。最近、私は著述家や絵画や美術品のプロデューサーとして動くことも多くなりましたが、生業(なりわい)は古美術と美術工芸品を販売する「富士鳥居」と申します店のオーナーです。三代続く美術商の家に生まれ、物心つく前から美術品に囲まれて育ち、子供の頃から店に出入りする画家や職人達との付き合いの中で、知らず知らずのうちに物造りの心を学び、自らも学生時代には美術部に所属して絵画やデザイン、造形的な作品を制作いたしました。
修行時代にはジャンルを問わず、世界中から何万点と品物が集まる美術オークションで日々売り買いをし、また海外の史跡や美術館を巡って数多くの建築や美術品に触れ、20代後半からは弊店の仕入を一手に仕切ってまいりました。かくのごとく膨大な量の「美」に接し、それらを実際に売買してきた経験からも、私は現在の美術品の評価や取引には大きな疑問を感じ、警鐘をならすべく、この第5節を書き始めました。

真実は自ずから明らかに
このような時代にあって、私は本当の美術品の価値や価格、また一般の方には解かりづらい美術品の売買や流通をも含め、さらに美術品に対する意識や認識、「美」そのものの概念にまで踏み込んで、お話したいと希望いたしております。簡単に言えば、同じように見える美術品でも、それぞれに価格が異なるのは何故か、たとえば近年、美術市場を賑わしている中国古陶磁のように、数百ドルで取引されている物と、一見同じように見える物が一千万ドルで落札される理由、また何故そのような価格が着くのかをお話したいと思っております。
今でも現役で日々売り買いをしている美術商として、私が子供の頃から接し、学んできた「美」という概念に始まり、美術品という存在と価値、また価格や流通をお話しすることで、一人でも多くの読者の皆様が美術品をより身近に感じ、美術品に対する疑問や不信感を無くし、より多くの方に美術品に親しんでいただけるよう、真実を包み隠さずお話したいと希望しております。先ずは「美」という概念からお話ししてまいりましょう。

大前提として
このコラムで美術品を取り上げるにあたり、大前提として、読者の皆様にご理解いただきたいのは、美術品には大きく2つに分けられ、4つの種類があるということです。「2つに分けられる」とは、「自然発生的な美」と「人為的な美」、また4つの種類とは、「コレクターズ・アイテム」「学術的な価値」「純粋美術」そして「純粋芸術」の4つであり、今回のコラムでは、この2つの違いについてお話ししてまいります。
一口に美術品と言っても、そのジャンルは日本美術だけも絵画や彫刻、陶芸や漆芸、染色や服飾など、さまざまなものがあります。そしてこれらはそのジャンルに関係なく、大きく2つに分けることができます。それは1から10まで人の手によって成された物、言い換えれば「人為的な美」と、もう一つは絵付けなどをしない陶器のように、火の力や自然の成り行きにまかせて作られた「自然発生的な美」であり、これにはパフォーマンスによる現代アートなども含まれます。

人の手と自然の力
もちろんこれは美術品に限らず、読者の皆様の周りの物すべてが同じ分け方ができるのですが、美術品を理解する上で、この違いは大きなポイントとなります。
言い換えれば、「人為的な美」とは長い歴史や文化における「美」という概念を追求し、人の意識とエネルギーによって、他の評価を得るために造られた「美」であり、また「自然発生的な美」とは、大自然と宇宙の力を借りて、ある種の偶然性に身をゆだねて創られた「美」であり、それらは発生後に人の意識や社会的な価値観によって評価される「美」なのです。
具体的な例を挙げれば、日本の絵画(Nihonga)や日本を代表する漆工芸の古典や近代の作品のように、画家や作家が技術的な研鑽を重ね、その精神性までをも高めて造り上げた「美」は、その好き嫌いこそあれ、万人に受け入れられる「美」であり、年月や社会の変化による評価は安定しています。また、また実用品として生れた、日本の備前焼や信楽焼などの陶器や自然な絵付の陶磁器、木製品の手ズレを鑑賞する「民芸品」などは、それらを評価した人々の意識によって生れた美術品なのです。読者の皆様には、美術品がこのように大きく2つに分かれることを、先ず以ってご理解いただくために、次回のコラムでは、この2つの分け方を、さらに詳しくお話ししたいと思います。

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日本人の日本知らず 第18回 ≪美という名のエネルギー3≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
大きな二つの括り
前回のコラム(こちらで公開中)では、美術品というものが、「美」の創造を目的として1から10まで人の力によって生み出された「人為的な美」と、自然発生的に生れたものを後に第三者が「美」として認知した「後天的な美」の、二つに分かれることをお話しいたしました。今回のコラムでは、この「人為的な美」という意味を、もう少し詳しくお話ししたいと思います。
日本美術の中で、「人為的な美」の一例を挙げれば、彫金(Cho-kin)と呼ばれる金属彫刻がありますが、この金属の塊をさまざまな形に彫り上げて行く技術の習得には長い修行期間が必要であり、その後も、作者の「美」に対する研鑽が不可欠なのです。これは日本画や漆工芸、木工や服飾など、すべての日本美術に云えることですが、ここで云う「人為的な美」とは、人が人のための「美」を造ることを目的として成された「美」を云います。

人の笑顔のために
また「人為的な美」は、作者自身の「物を造る喜び」や「技量を高める楽しさ」が、結果として第三者に満足や感動を与える「美」でもあります。まるで何かに突き動かされるように作品を造り、その過程における技術の向上や「美」への研鑽が、さらなる仕事の面白みとなり、そしてその結果として、自らがこの世に存在した証を作品として残すという喜びがあります。
さらにこの「人為的な美」を受け手の側から見れば、作品と対峙した瞬間の、理屈抜きの感動や喜びと共に、その作品に内包された作者の長年の努力と研鑽に触れ、「到底、自分には造り得ない。」という、作者への尊敬と共に、いつまでも身近に置いておきたいという衝動に駆られるのではないでしょうか。そして、この「物造りの喜びの先に、第三者の笑顔がある」という事こそが「人為的な美」の大前提であり、後にお話しする「純粋美術」の根本でもあるのです。

すべては美術品
もちろん「美」は、美術品ばかりでなく、大自然の造形や美しい風景を始めとして、読者の皆様の手元にあるコーヒーカップやパソコン、文房具や壁のポスターなどにも宿っています。たとえそれが普段使いのコーヒーカップであっても、私達はそれらに何かしらの「機能」や「魅力」、また「美」を見い出したからこそ手にしたのであり、読者の皆様もチョットした小物に心惹かれて思わず購入した経験があるでしょう。実は「美術品」や「古美術」も、このコーヒーカップの延長線上に存在しているに過ぎません。
それが品物であれサービスであれ、人が創造するものすべては、それらを発想した人や制作した人の「意識」と「行動」によって成されています。言うなれば、この「意識」や「行動」の源は人の「エネルギー」であり、またそれらが製品やサービスとなって私達の手元に届くまでには、さらに多くの人達の「エネルギー」が加わります。言い換えれば、人の創造するすべては、その「制作」や「流通」、また「サービス」に係わった人達の「エネルギーが物質化した物」であり、私達はそのエネルギーを「便利」や「満足」、「魅力」や「美」として捉えているのです。

「美」はエネルギー
20世紀における、一部の有識者の概念では、「美」という意識自体が後天的な刷り込みによるものであり、親を始めとする権威や集合意識が「美しい」と認識したものを、我々が「美しい物」と追認しているに過ぎないとしています。しかし、ここで私が云う「人為的な美」とは、他の刷り込みによる「受動的な美」ではなく、私達の感性に直接訴えかけてくる「能動的な美」であり、言い換えれば、人間が本能的に感ずる「エネルギー」なのです。
人間が集団や社会を形成するにつれて、「美」は画一化され、権威化され、近年とみに意識的に操作され、商品化されてきました。しかし私は、「美」は刷り込みによる意識や概念ではなく、また他の思惑によって価値が作られるものではないと考えております。「美」とは、第三者の価値観を踏襲するものではなく、自らの感性と意識によって「感ずる」ものであり、より純粋に感性に直接訴えかける「何か」であると考えています。そして私は、その「何か」が、「ある種の質量をもったエネルギー体である。」という自らの理論を元にして、このコラムを進めてまいります。

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日本人の日本知らず 第19回 ≪美という名のエネルギー4≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
自然発生的な美
この第五節では、すでに過去三回に渡り、「美術」や「美術品」を語る上での、私の基本的な考え方をお話しておりますが、今回は、前回お話した「人為的な美」の対極に位置する、「自然発生的な美」についてお話ししたいと思います。
ここで云う、「自然発生的な美」とは、日本の陶器を例に上げれば、備前焼や信楽焼のように、元々「美の創造」とは関係なく、実用品や消耗品を造る目的で作られたものが、焼成中の火や経年変化といった自然の力によって、ある種のエネルギーを宿し、後の人がそれらを「美」として取り上げた物を言います。
このように、「美」の創造を目的として造られた「人為的な美」と、この「自然発生的な美」との大きな違いは、「自然発生的な美」には「自然のエネルギー」と「それを美と認める人のエネルギー」という二つの要素が不可欠であることでしょう。

大自然の力と人の評価
前項を踏まえて、この「自然発生的な美」を広い意味で考えれば、それは道端の石コロから、ダイヤモンドのような宝石までがその範疇に入ります。自然発生的に生れたものを、どのように感じ、どう評価するかが「自然発生的な美」の本質なのです。
言い換えれば、「自然発生的な美」は、「自然のエネルギー」と「それを評価する第三者」の、どちらかが欠けても、「美」としては認識されないということなのです。では、その「評価する第三者」とは何か、日本美術において、その一例を挙げれば、日本の大正から昭和にかけて活躍した思想家、柳宗悦の選んだ「民芸」が解かりやすいでしょう。
柳宗悦は、民衆の使う日常品の中にも「美」が存在すると唱え、実用品として作られた陶器や、長年に渡り使い込まれた農機具の手擦れた形などに「美」を見出しました。それは、安土桃山時代に日用の雑器を茶道の道具として取り上げた千利休に通ずるものであり、後の日本人の美意識に大きな影響を与えた、「侘び」や「寂び」という意識の延長線上に位置しています。そして、このような意識が、それらと対極を成す、絢爛豪華な屏風や蒔絵などの大名調度などと、文化的に同時進行であったことも興味深いものがあります。

「発生」と「評価」
最近では、外国人の方の中にも、日本の「侘び」や「寂び」を口にされる方がおられますが、私達がここで見逃してならないのは、利休が茶道具として取り上げた雑器もまた「自然発生的な美」であり、そこには「自然のエネルギー」と共に、千利休のような「第三者の評価」があったからこそ、「美」としての評価を得たのだということです。強いて言うならば、「千利休なくしては、ただの雑器でしかない。」ということなのです。
これは好みの問題ですが、私は茶道具のすべてが美しいとは思っておりません。茶道具は、漆製品や京焼、また伊賀焼や織部焼など、一部の緊張感の在る造形物を除けば、むしろ黒っぽくて地味な物が多いと感じています。云うなれば、茶道具というものは、それらを茶道具として取り上げた茶人の見識や造詣の深さが重要であり、むしろ彼らの精神性と審美眼を評価してきたのです。
だからこそ、「誰が」それらの「美」を認め、所有していたかという「由緒」や「伝来」が茶道具の世界では重視されるのです。故に、日本独特の「共箱」といわれる保管用の木箱に、識者が付けた作品の銘や所有者の名前を記す形式が生まれました。この「共箱」については、後に詳しくお話をしたいと思います。

未来への責任
ここで皆さんに、是非とも確認しておきたいのは、前回お話しした、日本の絵画や漆芸品などのように、一から十まで人の手で創れた「人為的な美」は、その好き嫌いは別として、その存在そのものが「美」であり、人が大自然の織り成す風景を美しいと思うのと同じように、人間の歴史が続く限り、その「美」に対する評価は変わりません。
前項の「人為的な美」との比較において、今回のテーマである「自然発生的な美」は、本来「美」の創造を目的としておらず、抽象や前衛をも含め、それらを評価する人間がいなければ成り立たないものなのです。即ち、「自然発生的な美」に対する評価もまた、それらを評価した人間に対する評価や認識が変われば、一変してしまう可能性を秘めているということです。
現在、美術や美術品の世界では、洋の東西を問わず、「美」を作り出す技術に裏打ちされないパフォーマンス的なアートがもてはやされています。そして、多くの評論家や美術館がそれらを高く評価し、高額で取引されています。しかしながら、そのようなパーフォーマンス・アートが、どこに軸足を置いているのか、「誰が」どのような「意識」で、その「価値」を認めているのかを、我々は自らの感性で、しっかり選択する必要があります。そして、それらを評する側の人々も、果たしてその評価が、未来の人々に対しても責任が取れるかどうか、我々美術商も含めて真剣に考える時がきているのではないでしょうか。

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日本人の日本知らず 第20回 ≪美という名のエネルギー5≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
「美」はエネルギー
この第五節の1章から4章では、「美」というものを理解する上で重要な二つの区分をお話ししてまいりました。それは、「美」というものが、「人為的な美」と「自然発生的な美」の二つに分かれることと、それぞれの成り立ちの違いをお話してきました。そして、その考えの根本は、「美」というのは観念ではなく、それ自体がある種の「エネルギー体」であるという、私の理論に基づいています。
例えば、日本の漆芸の蒔絵のように、使っている材料は木と漆、そして金粉や貝などであり、そんな簡単な材料だけで、豪華絢爛な黒と金の宇宙を表現しています。それは、取りもなおさず、単純な材料が、造り手のエネルギーによって、蒔絵の作品として物質化したものなのです。もちろん、これは日本美術ばかりでなく、西洋の油絵も同じことで、キャンバスの上に色の粉を油で練ったものを乗せただけの物が、何故これ程までに人の心を揺さぶるのか、それは作者のエネルギーがキャンバスの上で物質化しているからであり、実は私達は絵画を通して、その作者のエネルギーを鑑賞し、感じているのです。

人間業と神業
では、もう一つの「自然発生的な美」とはどのようなエネルギーなのかといえば、それは、前回お話ししたような、実用品として作られた簡単な陶器などのように、「美」を目的として造られた物でなく、窯の中の火や巻き上がる灰などの自然の力、偶然性によって、人間業では為し得ない、ある種の力を宿した物をいいます。またそれは、陶芸に限らず、書きなぐった一本の線や、風雨に晒された自然の造形物にも宿るエネルギーであり、あえて言うならば、神の悪戯によってなされた「美」なのです。
もちろんそれらは、その「美」に気がつかなければ消耗品として打ち捨てられる物であり、ある意味では、第三者の評価や価値付けがあって初めて成り立つパフォーマンス的な前衛絵画なども同じ、「自然発生的な美」なのです。そして、「人為的な美」も「自然発生的な美」も、その根本にあるものはエネルギーであり、たとえ「美」を目的として造られた「人為的な美」であっても、その内包するエネルギーの強弱によって、消耗品ともなれば、美術作品ともなるのです。

神のエネルギー
前項でお話しした「人為的な美」におけるエネルギーの強弱の違いとは、まさに造り手の技術や美に対する研鑽の違いであり、その行き着くところは「自然発生的な美」と同じ、「神の業」でしょう。よく、巨匠とか芸術家と呼ばれる人々を「神懸っている。」と表現するのは、正に人間業を超えた作品を作り上げる技術や能力を言うのであり、そのような造り手のエネルギーが宿った作品は、他の作品とは明らかな違いがあるのです。
この第五節で、「美」をエネルギーとして捉えている理由もそこにあり、「人為的な美」も、そして「自然発生的な美」も、その神のエネルギーが、直接降りたものなのか、人を通じているかの違いだけでしょう。そして両者はまた、時間と言うエネルギーにも支配され、経年変化というエネルギーにより変化して行きなす。そして、その神のエネルギーが一番美しい瞬間はそれぞれによって違い、特に「自然発生的な美」は、時と共に朽ち果ててゆく一瞬の輝きであることも我々は理解しなければなりません。

「存在」から「価値」へ
この第五節の一章からお話してきた、二種類の「美」の在り方、そのエネルギーが人に降りて成された「美」か、器物に直接下りたエネルギーを、後に第三者が評価した「美」であるのかを、そのエネルギーの宿り方によって大きく二つに分かれることを、先ず皆様に理解していただきたいと希望しています。
そして、次回の6章からお話しするのは、「美」というものが、人間の価値観によって、さらに4種類に分類さることをお話してまいります。その「四種類の価値」、言い換えれば、それぞれが持つ「四種類の意味」を触りだけ述べれば、それは「純粋美術としての価値」、「純粋芸術としての価値」また「考古学的な価値」、さらに「収集家にとっての価値」の4種類に分けられるということであり、このことは新年1月末の6章から、詳しくお話しして行きたいと希望しています。

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日本人の日本知らず 第21回 ≪美という名のエネルギー6≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
昨年の秋から始まった第五節では、美術品を鑑賞・収集する上で、基本となる「美」という概念についてお話しをしておりますが、前回までは、「美」というものが、その成り立ちにおいて、大きく二つに分かれることをお話しいたしました。さらに、今回からは、「美術品」や「収集品」といわれるものは、それぞれの意味合いや評価によって、大きく4種類に分けられることを、お話したいと希望しております。
一口に「美術品」や「収集品」と言っても、それらのすべてが一般的に云う「美しい物」とは限らず、それぞれの制作の意識や評価において、「純粋美術」、「純粋芸術」、「収集家の美」、そして「学術的な美」の4種類に分類する事ができます。もちろん物事には例外がありますし、上記の4種類の条件を複数満たしている存在もあります。そして、一般的には、より多くの条件を満たしているものほど、その流通における金銭的な評価は高いとされますが、しかし、多くの条件を満たしているからといって、万人に受け入れられるという訳ではありません。このことを踏まえて、先ずは「純粋」に「美しい物」を造ろうとして成された、「純粋美術」について、その意味や美術品としての評価をも含めて、お話ししたいと思います。

純粋美術
ここで言う「純粋美術」とは、純粋に「美しい」ということを追求した日本画や漆芸などのように、人が人の手で、人の笑顔や満足を創ろうとして成された「美」を指します。これには、「装飾美術」や「工芸品」も含まれ、それらは大自然が織り成す万物の造形や色彩などを根源として、人間という存在が発生した有史以前から、人が心地良いと感ずる「美」を言います。さらに、「純粋美術」とは多くの人が美しいと認める「美」であり、それぞれの時代の集合意識を反映してきた「美」でもあります。
これらは、人が美しい物を造りたいという内なる衝動によって造られ、その作品を制作した時点までに造り手が積み重ねてきた技術や経験と共に、彼等自身の「美」への研鑽、さらに人としての在り方や意識など、それぞれの人生が凝縮しているのです。また、このような「純粋美術」が時を越えて守り伝えられてきた古美術には、それらを守り伝えて来た人々の思いやエネルギーも含まれているのです。

美の波長
この第五節の一つのテーマである、「美」とはエネルギーであり、美術品とは、それらに関わった人々のエネルギーが物質化したものであるということ、そして私達は、そのようなエネルギーを内包した「美術品」から発せられる、ある種の「波長」を「美」として認識していることを、前回もお話ししました。 では、その「波長」とは何かを、「音」を例に挙げてお話すれば、人間の耳に聞こえる「音」には、人の声や音楽などのさまざまな周波数帯があり、それを越えたところに超音波が存在するように、「美」というものもまた特定の周波数帯を持つ存在であり、そのような波長を我々が形や色として認識していると考えています。
我々プロから見れば、同じ白い紙に墨で一本の線を引いたとしても、ただの汚れのように見える線があれば、水墨山水の稜線のように見える線もあります。それは、その紙の上の位置、筆致や濃淡によって、「美しい」と認識される特定の振動数を持つからだと考えています。そして、人それぞれの好みも、色や形の好き嫌いばかりでなく、どのような「波長」と同調するか否かということでしょう。そして、このことはFM波をAMラジオで聞けないように、それぞれ「美」の周波数に同調しなければ「美しい」とは認識できないということであり、さらに「美」の周波数に同調できるか否かは、私たち受信機側の問題でもあるのです。

波長の意味
実は、私達の身の回りのものはすべて、自然界の物質を人のエネルギーで物質化したものなのです。今、皆さんのお手元にあるコーヒー・カップやパソコンなども皆、自然界の物質を人のエネルギーによって固定化しているという意味では同じものなのですが、それらは、コーヒーを飲む、仕事をするという、それぞれに違う目的や役割によって物質化されています。このように、美術品には美術品としての目的や役割があり、実用品の制作とは違う意識、違うエネルギーによって物質化されたものなのです。
そして、今回お話ししている「純粋美術」とは、人が「純粋」に、人のために「美しい物」を造ろうという意識と技術によって、その作品に込められたエネルギーが、「美」という波長を出しています。やはり、それらは量産された日常の消耗品とは違う波長であり、同じ美術品と呼ばれるものでも、それぞれの振動数には違いがあるのです。
次回からお話しする「純粋芸術」も、内包するエネルギーの違いによって違う波長を出しており、そこに込められたエネルギーや波長の違いを、今回の「純粋美術」と比較しながら、「純粋芸術」、「収集家の美」、そして「学術的な美」に分けてお話してまいります。

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日本人の日本知らず 第22回 ≪美という名のエネルギー7≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
「純粋芸術」とは
前回お話した、美しい物を造ろうとするエネルギーによって成された「純粋美術」に続き、今回は「純粋芸術」についてお話をしたいと希望しています。この論考でいう「純粋芸術」とは、「美」の創造を目的としたものとは限りません。例えば、パブロ・ピカソの大作「ゲルニカ」のように、戦争の悲惨さを世に問う作品や、ビンセント・ヴァン・ゴッホの作品のような、その美しい色彩の裏にある、彼自身の苦悩を鑑賞するような作品も存在します。
このように、「芸術」とは人間の「苦悩」「悲しみ」「怒り」「嫌悪」「怠惰」などの、作者の情念の世界や、主義主張を表現したものであり、「美」のエネルギーを宿さない作品もあるのです。さらに「芸術」は、それ自体への評価ばかりでなく、その作者の生き様に対する評価、また作者が生きた時代や思想なども大きく影響しています。言い換えれば、「芸術」とは作者のエネルギーばかりでなく、彼らを取り巻く世界のエネルギーを反映したものであり、前回お話した「純粋美術」のように万人が素直に受け入れられるエネルギーではありません。さらに「芸術」とは、この論考のでお話したように、第三者の評価によってもその価値が変わる、「人為的な美」でもあるのです。

芸術の意味
ここでいう「純粋芸術」とは、それまでの「美」や「技」の追求から離れ、人間の意識や内面性を表現したものを差しますが、ある意味でこれは、私小説的な個人表現であり、他の評価を受け入れない場合もあります。何故ならば、人の顔がそれぞれ違うように、個人の葛藤や苦悩はそれぞれの生い立ちや立場によって違い、本来それを理解するのは不可能であり、本人以外には理解し得ない場合もあるのです。しかし、このような作品に内包された強いエネルギーは、時として人の心を動かすことがあり、そのようなエネルギーに同調し得る一部の者達によって評価されてきました。
ヨーロッパに芽生えた「純粋芸術」は、後にそれぞれの時代の思想や哲学と結びつき、「美の精神性」という新しい世界を構築してゆきます。しかしそれらは、既に純粋な人間のエネルギーの発露ではなく、それぞれの時代の意識を繁栄し、作者のパフォーマンスによって構築された、社会というエネルギーの産物でもあるのです。そして、そのような作品は一部の識者や画商などによって評価され、サロンや展覧会によって付加価値をつけることで、商業主義の中でその存在感を増してきたのです。

日本の在り方
明治の開国に伴い、日本でもヨーロッパの「美の精神性」や「オリジナルの定義」を重視した「芸術論」が展開され、それまでの日本の装飾的な美術品や工芸品を一段下に見るような、大きな考え違いが生れました。例えば、同じ日本画でも、伝統的な狩野派の絵画よりも、よりオリジナリティーがあるとされた伊藤若冲などを評価する時代が長く続きます。しかし、このような見識は、東洋的の「美」の成り立ちや、その土壌を無視したものであり、「東洋の在り方」に対する認識不足に他なりません。
日本における「美の精神性」とは、西洋のように作品によって表現するものではなく、作品を制作する以前に、作者自身が自らの内に求めるものなのです。言い換えれば、日本の「美の精神性」とは、外に向かって表現するものではなく、技術的な鍛錬を積み重ねる中で自分自身と向き合い、自ら精神性を高めた結果として生れるものなのであり、理屈や第三者の評価を必要しない絶対的な「美」なのです。故に、日本では20世紀初頭まで、「美術」や「芸術」という言葉すらありませんでした。

「本物」から「本質」へ
産業革命以後のヨーロッパでは、社会制度の変化と貨幣経済の発展によって、それまでの美術や芸術の庇護者と入れ替わるように、新しい需要層の台頭によって美術品や芸術作品は金融商品としての色彩を強め、それら本来の意味や評価とは別に、新たに市場価格という金銭的な評価が加わりました。
抽象画なども含め、いわゆる「芸術」と呼ばれるものは、人間が元々持っている「美の感性」に直接訴え掛けるエネルギーではなく、同じ意識や思想をもつ者や美術評論家などの評価を、世間一般に流布、浸透させたものなのです。また、その価値は、作品の持つ作者のエネルギー以外に、権威による評価やオークションの落札価格などの裏づけを必要とします。しかし、このような評価は、時代や権威自体への評価か変れば、すべてが変る可能性があり、ある意味では不安定な価値観でもあります。
近年オークションで高値を呼んでいる現代美術などもまた、一部の識者というわれる人々の評価によるものであり、作者や作品自体の価値ばかりでなく、それらを評価した権威への評価である場合も多いのです。解かりやすくいえば、「芸術」とは、その作品を誰が評価したか、オークションでの価格が幾らであったか、という価値観の上に成り立っています。
さらに現代美術の場合、その制作におけるテクニックを重視しないパフォーマンス的な表現によって成された作品も多く、その価値に疑問を持つものが多くあります。現在の混沌とした「美の価値観」の中で、私達はかつての日本的な在り方を踏まえ、たとえそれが世界的に著名な作家の作品や一般的に価値があるとされる作品であっても、その存在自体を純粋に評価しているのか、それとも金融商品として評価されているのかを、自らの「眼」と「心」で見極める時代がきたのです。

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日本人の日本知らず 第23回 ≪美という名のエネルギー8≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
「美」のジャンル分け
前回、前々回の二回に分けて、一般に芸術や美術と呼ばれる物の中から、人が「美しい物」を造ろうとして成された「純粋美術」と、「人間の意識」を表現しようとして成された「純粋芸術」の違いをお話ししてまいりました。前出の二つ以外にも、我々が「美」として認識している物には「学術的な美」や「収集家の美」があります。今回お話しする、この2つの「美」の内、「学術的な美」とは、歴史的、学問的にも価値がある「美」であり、日本で言えば、古代の土器や埴輪、古文書や消息(手紙)、歴史的な書や絵画などを指します。それらは、学術研究の素材であると同時に、自然発生的な「美」を宿し、一部は美術品としても評価されています。
また、「収集家の美」とは、例えばクラッシック・カーや‘60年代のジューク・ボックスなどのように、たとえそれらが工業製品であっても、そのデザイン性や希少性によって評価され、コレクターの間では一定の価値と価格を維持している「美」を指します。もちろん、それらが手造りであれば、より評価が高く、その値段も高価でしょう。しかし、このような「美」は、それらの価値を認める人達にとっては、特別な「物」ではありますが、すべての人がそれらの価値を評価する「美」ではありません。

すべてはエネルギー
この第五節の一つのテーマでもある、「美とはエネルギーである」という観点か言えば、クラッシック・カーなどは、鉄やその他の素材を創造した地球のエネルギーに始まり、自動車というもの自体を発想し、開発した人々のエネルギー、また、それぞれの技術や時代を反映したデザインを生み出した人々のエネルギーを含んでいます。また、それが考古学的な遺物であれば、古代の人々のエネルギーと共に、長年に渡り地中や海中に没していた間の腐食や侵食といった地球のエネルギーを含み、調査や発掘、保存や研究に関わった人達など、すべてのエネルギーを内包していると考えています。
今回の論考で云うエネルギーとは、意思と情報を持つ波動であり、その波動を封じ込めた「物」は、それぞれ特定の振動数を持ち、それぞれ特定の周波数の波長を出していると考えています。たとえそれが量産品であったとしても、形となって私達の目に触れ、手元に届くまでには、基本となるデザインや原型、パッケージや宣伝広告といった、多くの人のエネルギーが込められ、またさまざまな人の手を経て流通し、或いは流通業者や販売員のエネルギーなどのエネルギーも含まれているのです。そのようなエネルギーの波動が、すべての「物」に含まれ、一つの形をなしていると考えています。

何と同調するか
今回は、「美」というものをお話しするために、便宜上、4種類に分けてはおりますが、ここで改めて皆さんに確認しておきたいのは、「芸術作品」の方が「美しいだけの美術作品」より優れているとか、一部のコレクターだけのアイテムだから価値が無いとか、考古学や歴史には興味がないから無意味ということではありません。それらは、ただ存在の違いであり、在り方の違いがあるだけで、これらには優劣も貴賎もありません。
それが美術品や芸術作品、コレクターズ・アイテムや古代の遺物であろうと、人はさまざまな品物に「美」を見出し、また収集してきました。それは、人がそれらに宿るエネルギーの波動を感じ、その波長と同調することで、理屈の領域を超えたところで、むしろ我々がそのようなエネルギーに引き寄せられてきたのです。もちろん、中には「美術品や工芸品など、タダでもいらない。」という人もおられます。だからといって、決してその人に「美」を愛でる能力がないのではなく、そのような人は美術品などとは波長が合わず、それ以外の何かと波長が合っているに過ぎないのです。

「本物」から「本質」へ
現在の流通の現場ではさまざまな物が芸術や美術として取り上げられ、市場に溢れています。今回の第五節において、「美」の在り方を4種類に分けてお話ししているのは、現在流通している物の中には、マスコミや金融資本の力を使い、さまざまな手法で、本来は価値のないものを「美」として流通させているものがあるからなのです。確かに、オークションでの落札価格や、それぞれの作品のバックグラウンドを見る限り、あたかも価値のある「美」に見えるものでも、実はさまざまな方法で価値を捏造した「美」が多いのです。
そのような「美」の価値の捏造の手法は次回からお話しすることとして、先ず以って、読者の皆様には「美」というもの自体の意味、そしてその本当の価値をご理解いただきたいと願い、この第五節を書いているのです。昨年の秋からお話してきたように、「美」の価値は、それぞれの成り立ちや在り方、また需要の意味や評価によって異なり、さらにその金銭的な価値はそれぞれの時代によっても変るものなのです。
だからこそ、読者の皆様には、先ず皆様が「美」として認識されている物の実像をご理解いただきたいと希望しています。俗に「本物」といわれるものは、付加価値やテクニックによって捏造することが可能であり、現在の混沌とした時代にあって、多くの「本物」が捏造されています。だからこそ、これからは「本物」の「美」を見分ける「眼」ではなく、「美」の本質を知る「意識」を持つべきなのです。

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日本人の日本知らず 第24回 ≪美という名のエネルギー9≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
アイデンティティ
早いもので、この「日本人の日本知らず」というコラムも今回で24回目を迎えます(バックナンバーはwww.fuji-torii.comで公開中)。このコラムの目的は、グローバリゼーションの名の下に埋没しつつある日本の文化や日本人の心を、読者の方々に知ってもらうことにあります。しかし、このような流れは日本に限ったことではなく、世界中の国で起こっている現象でしょう。この第5節では、「美」というものを通して、いかに我々が多くの刷り込みによって捏造された価値観に惑わされているかをお話しいたしております。
数年前、ある日本政府の関係者が私の店で総理大臣のナショナル・ギフトをお求めになられた時、その方から「富士鳥居さんは、品物を造っている人の顔が見えていますよね。」と、念を押されたことがあります。私の店は親子三代、日本製の手造りにこだわってきましたので、作家や職人も親の代から付き合いのあるものばかりで、ほとんどの職人や産地の関係者を把握しています。
しかし、近年では、日本製のサンプルを他のアジアの国に出してコピーを作り、製品の箱詰めだけを日本で行っている産地も多いのです。政府関係者が言うには、そのような物は海外のチャイナ・タウンなどにバッタ価格で出回ることもあり、「政府関係の贈り物としては怖くて使えない。」というのです。

国籍不明
現実に、多くの日本の工芸品や美術品はアジア諸国でコピーされており、雑貨品などでは、日本の物を探す方が難しくなってきました。また、海外のオークションなどでも、一般の日本人には解らないほど精巧な古伊万里や薩摩焼のコピーが出回ることがあり、また外国人の方達がお好きな日本の箪笥なども、すでに本物の古い箪笥は市場から消え、数年前までは韓国で古材を使って日本の箪笥をコピーし、時代付けをしたものが日本市場に出回っていましたが、今ではその多くが中国で生産されています。
もちろん、そのような事実を知った上で、「日本風」の箪笥として購入するなら問題はありませんし、それなりの価格ならば納得もできるでしょう。しかし、一部の粗悪品は、今の空調では反りや狂いを生じ、一冬で使用できなくなるものもあります。
実はこのような、外国人に粗悪品を売りつけることは昔から行われており、一部の外国人相手の業者などは、「どうせ外人は本物が解らないから。」と、外国人が好むような「フジヤマ」や「ゲイシャ」「サムライ」といったデザインの粗悪品を売ってきた歴史があります。それは、日本を訪れる外国人観光客用のお土産品などはより悲惨な状況で、正に国籍不明な絵画や工芸品が売られています。例えば、観光客専用に売られている浴衣や着物などは、その殆どが日本以外の国で造られたペラペラの化学繊維で出来ており、日本人ならば、頼まれても買わないものが多いのです。私は日本人として、情報や知識の無い外国人にこそ本物を売るべきであり、このような行為は大変恥ずかしいと考えています。

知識と予算
私達日本人も海外旅行に行き、ハワイの雑貨店で冷蔵庫にメモを止める「ハワイ」の文字の入ったマグネットを買います。もちろん、それがアメリカ製である必要はなく、記念になれば良いのであり、簡単なお土産ならば予算の問題もあるでしょう。最近では、日本の観光ガイドの人達が外国人観光客を百円ショップに案内することがあると聞きますが、私が或るディスカウント・ショップで見た「日本風の美人画」は、芸者らしき女性が頭に沢山お箸を差し、韓国のチマチョゴリを来て、富士山の下を歩いている、国籍不明の絵でした。
もちろん、ガイドの方々にすれば、そのような絵をお客様がお気に召し、値段も安いので購入したいと言えば、それを止める理由はないかもしれません。しかし、本物の日本の工芸品や美術品を見せることなく、何のチョイスもなければ、ガイドを依頼された外国人に対して大変失礼な話しであり、それ以上に問題なのは、そのような絵画や工芸品が、日本の物として世界中に売られて行くことなのです。

日本人も知らない
前項をお読みになった在日外国人の皆様は笑っておられるかもしれませんが、実は、このようなことは皆様にも起こっています。何故ならば、戦後60年の間に、日本の工芸品や美術品に関する情報自体がかなり曖昧になっているからなのです。私のお客様の中には、ご主人や奥様が日本人という方がおられますが、そのような日本人とご結婚なさった外国人の方でも、日本の文化や美術に詳しいとは限らないのです。たとえ配偶者が日本人であろうと、その外国人の方がどれほど長く日本に住んでいようと、その人に与えられた情報自体に間違いがあれば意味がありません。
日本人は、外国人の皆様がお考えになるほど日本の事を知りませんし、まして工芸品や美術品に対する知識は皆無に等しいでしょう。このような状況は、戦後の日本では自国の歴史や文化に対する教育は置き去りにされ、また、核家族化が進んだことで、年長者から次の世代への文化の伝承が途絶え、まして、工芸品や美術品に関する教育はなく、多くの人が本物を目にする機会がなかったからなのです。このことは、日本人が自分の国に対する意識すら無くした原因となっていると考えます。
故に、外国人の方々が、このような日本人から日本の工芸品や美術品の知識を得ようとしても無理であり、日本人の口から出た、その場しのぎの間違った情報が、外国人の間で独り歩きをしている場合も多いのです。

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日本人の日本知らず 第25回 ≪美という名のエネルギー10≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
血と魂
前回は、現在日本製として売られている美術品や工芸品の中には、日本のデザインを他のアジアの国でコピーされたものが多く含まれているというお話しをいたしました。確かに、日本の美術工芸品も、他のアジアの国々で作られた美術工芸品も、西洋人の目から見れば同じ東洋の工芸品で、そっくりにコピーされた商品であれば、その違いを見極めるのは難しいでしょう。また、アジアという括りで考えれば、同じものだとも言えるでしょう。しかし、私の店や私自身が何故「日本製の手造り」に拘るかといえば、それは、それぞれの国の美術品や工芸品は、それらを生み出した国の気候風土や歴史に裏打ちされ、それぞれの民族が長年に渡って守り伝えてきた伝統や文化でもあるからなのです。言い換えれば、それぞれの国の美術品や工芸品は、民族の「血」によって成された「魂」の産物であると考えるからなのです。

最果ての地
世界中の美術品や工芸品のルーツを探れば、その発祥や製作技術のほとんどを古代エジプトに見ることができます。そのような技術が世界中に広がり、それぞれの土地の風土や素材と結び付き、自然淘汰されながら変化し、それぞれの民族の伝統や文化と共に独自の発展を遂げてきました。故に英語では、そのような工芸技術が花開いた国の名を採って、陶磁器全般を「china」といい、漆や漆製品を「japan」と表現するのです。
以前、このコラムでもお話ししたように、この日本という国が極東にある島国であり、もうこれ以上陸地が無いという地勢にあることで、大陸から移動してきた人々の情報や文化の終着点として、それらを受け入れて熟成させるという独特の民族性を生み出しました。このことは、美術品や美術工芸の発展にも大きな影響を及ぼし、奈良東大寺にある正倉院の宝物を見るまでも無く、日本人は海外からもたらされた多くの文物を独特の感性で発展させてきたのです。これは、古代から日本人という民族が大陸からたどり着いた多くの人や物を受け入れ、その文化や技術を取り入れてきた、享受と受容の精神のなせる業でしょう。

食と美
美術品や工芸品は、それぞれの国の伝統や文化とは切っても切れない「食」と同じようなもので、それぞれの土地で取れる食材を始めとして、それぞれの土地の気候や風土と深く結びき、フランス料理、中華料理、和食などなど、さまざまな料理と料理方法があります。このような食材と料理は、それぞれの土地や地域に根差した大自然のエネルギーと人々のエネルギーとの融合であり、この第五章でお話ししてきた「美」と同じく、「食」という名のエネルギーでもあるのです。
読者の皆さんはご存知の通り、日本、特に東京では世界各国の料理が食べられます。さらに近年ニューヨークなどの大都市では、日本人のシェフによるフランス料理やイタリヤ料理、中華料理なども見かけるようになりました。しかし、私は日本人シェフが作るそのような料理は、フランス料理やイタリヤ料理、また中華料理ではなく、それぞれの様式で造られた日本料理だと考えています。もちろん世界中に、ただ形だけを真似たフランス料理や中国料理も多くありますが、日本人が作る他の国の料理は、それぞれの料理が生れた土地の気候風土や素材に関係なく、日本的な素材選びと、日本人の感性によって工夫され、オリジナルとは違う料理になっていると考えています。

誇りと魂
長く、「物まね」「猿まね」と言われてきた日本人ですが、前項でお話ししたように、日本人には物事を受け入れ、熟成させて発展させる、という特技があります。これは、美術品や工芸品にもいえることで、昔から日本人は、渡来したさまざまな文物や技術を受け入れ、自らの伝統や文化に融合し、独自の物に改良してきたのです。このことは、日本が二千年の永きに渡り、他国に侵略される事なく続いてきたことや、鎖国政策を取ってきたことも大きな要因の一つでしょう。
時折、ヨーロッパ・ブランドがアジアの国でコピーしたニセモノの時計やバッグを回収し、廃棄処分にする映像を目にすることがありますが、いくら精巧に出来ていたとしても、コピー商品はコピー商品であり、ニセモノはニセモノでしかありません。そのようなコピー商品やニセモノには、ブランドを生み出し育て上げてきた人々のエネルギーばかりでなく、それらを楽しむ人の為を考えた物造りの「技」や「心」も篭っておらず、ただ金銭的な利益を得るためだけの卑しい意識しか宿っていません。
もちろん、より多くの人が、より良い品質のものを、より安く購入できることには異存はありません。しかし、このような無秩序なコピー商品や廉価品の蔓延によって、日々世界中の多くの国の伝統工芸と、その技術が失われ、民族の「伝統」や「文化」、「誇り」や「魂」までもが失われているのです。私はこのような現状に警鐘を鳴らすためにも、このコラムを書き続けているのです。

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日本人の日本知らず 第26回 ≪美という名のエネルギー11≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
「うるしおり」
今回のコラムの写真に使用したものは、私が企画・制作した「うるしおり」という「漆」塗りの「しおり」です。この「うるしおり」は、日々日本の伝統工芸が衰退する中で、日本固有の「漆」の技術を守り伝えるため、また若い職人達の生活の安定と技術の向上のために、彼らにより多くの仕事を出し、一人でも多くの人に「日本の美」を知ってもらうことを目的として企画した商品です。「うるしおり」は、すべて日本製の手作りで、0.6ミリの檜に漆を手で塗り重ね、0.8ミリで仕上げた上に、さまざまな産地の職人が、「漆絵」や「蒔絵」などの伝統技法で60種ほどの図柄を描いています。
この「うるしおり」に使用しているのは、木と漆、金粉や一部貝などの、言ってみれば単純な材料だけで、このように美しい「しおり」を作っているのです。この美しさは、実用的な強度の試作に始まり、コストを含めて、この小さな画面をどのように構築して行くかという、関係者一同の経験と技、そして、それらを作り上げようとする意識の結晶であり、言い換えれば、関係者一同のエネルギーが物質化しているのです。これは、例え最新のコンピューターや技術を駆使しても、決してこのような美しい仕上がりにはならないと自負しています。

エネルギーとは
ここでいうエネルギーとは、制作における時間や作業といった、いわゆる物理的なエネルギーばかりではありません。人が何かの行動や仕事をする時、それがどのような意識で行われるかによって、大きな違いが生まれます。日常の仕事においても、出勤するという意識に始まり、今日の業務や課題をこなすという意識もまた、ただ時間を切り売りするように、マニュアル通りに行う作業と、目的意識をもって行う仕事では、大きな違いがあるのです。さらに、ここでいうエネルギーとは、強制された労働や義務ではなく、仕事や制作における自発的な意識をいい、他人の笑顔を作ろうとする物造りの心をいいます。
最新の物理学の世界では、「人間の意識にも質量がある。」といわれるように、人の思いや思考は、それぞれに違う波長を持つ波動であり、波動とは「情報と意識を持つエネルギー」、固有の振動数を持つエネルギーなのです。
そして、人はこのエネルギーによってさまざまな行動を起こし、この世界を構築しています。このようなエネルギーの存在の証明は至極簡単で、それは意識の伝達によって理解できます。例えば朝、笑顔で「おはようございます。」と家族や同僚に声をかければ、笑顔が返ってくるように、こちら側の意識によって相手に与えたエネルギーで、相手から返ってくるエネルギーもまた変わるのです。

目には見えないもの
我々が物を見るためには光が必要であり、物質がその光をどのように吸収し、どのように反射するかによって、三次元での形や色が決まります。さらに、この物質の世界には、可視光線や赤外線以外にも、紫外線、X線、ガンマー線、宇宙線など、さまざまなものがあり、それぞれの振動数の違いによって我々の眼に見えるものと見えないものがあります。また物質にも、原子、分子、中性子、クオークと、その結合ばかりでなく、それぞれ違う振動数を持ち、それぞれに違うエネルギーを持つのですが、目には見えません。
私は、人間の意識も目に見えないものでありながら、エーテル体やエネルギー粒子のように存在し、現在の科学では計りえない、非常に高い振動数をもつエネルギーであると理解しています。それを端的に表現すれば、「人の思い」や「祈り」といった人間の意識や思考も、特定の波長をもつ波動、エネルギーであると理解する方が自然ではないかと考えているのです。日本には「以心伝心」という言葉があり、これは、「何も言わなくても意識や思いが伝わる」という意味ですが、ある意味では、相手の身になって考えるという、日本人の「思い遣りの心」にも通じるところがあるでしょう。

美という名のエネルギー
物を造るという作業は、自然界に存在する物質を人間の意識と技で変化させることに他なりません。「うるしおり」を制作するには、職人の経験と技で、木を切り倒して製材し、薄くして形を整え、漆という木の樹液を塗り重ねることから始まります。
もちろん、この工程には物理的な力や手間といったエネルギーも含まれますが、その仕上がりにおいては、造り手の長い修行や研鑽の末に身につけた技の波長が波動となって品物に籠り、そのエネルギーの違いに大きく左右されるのです。それが、私が描いた絵と画家の絵との違い、一般の消費財と美術品との違い、消耗品と美術品の違いであり、量産品と献上品の違いなのです。
美術品には、それが制作された時点までの、造り手の修行や研鑽による意識や技、造り手の人生経験、人としての在り方をも含めて、すべてが波長となって刻まれており、それぞれの波動を出しています。それが美術品それぞれの振動数の違いであり、その違いは、単純な物質をどのように組み合わせたかという、造り手のエネルギーの違いでもあるのです。我々は美術品を前にする時、どうしも色や形、意匠などに囚われがちですが、実はこのような「美のエネルギー」を直接感じ、鑑賞しているのです。

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日本人の日本知らず 第27回 ≪美という名のエネルギー12≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
品物の価値
私の立ち位置から見れば、近年の美術品や古美術の価値や価格、またそれらの流通はとても異常なものに見え、さらに昨年来の経済の混乱によって一段と混迷を深めているように思われます。今でもニューヨークなどの一部のオークションでは、一部の商品が驚くような高値で落札されており、私のところにもお客様や知人から「あのオークションで落札された品物は、本当にあの価格の価値があるのか?。」という質問が寄せられます。確かに、一部のオークションの落札価格の中には一般の相場を逸脱したものもありますが、むしろこのような質問は、その質問自体に根本的な誤解があります。
公開オークションのような、誰でも参加でき、一番の高値をつけたものが落札する権利のある場所では、その品物の落札価格がその品物本来の評価や価格とは限らないのです。何故ならば、コレクターにとってどうしても手に入れたい物が出品された場合、同じような思いのコレクターが何人かで競り合えば、相場以上の値がつくこともあるのです。これは、逆もまた真なりで、たとえ美術品として評価や価値の在る物であっても、その時のオークションで需要がない場合には落札されないこともあり、だからといって、その品物に価値がないというわけでありません。

ハンマープライス
前項でお話ししたように、オークションなどでの落札価格は相対的な価値観の中にあり、さらに美術品は、たとえどんなに「美しい物」や「貴重な物」であっても、その価値を理解する人がいなければ評価されず、値段が付かない場合もあるのです。また逆に、美術品としてはそれほど価値の無いものでも、その作者の人気や投機的な思惑などによって、驚くほど高額で落札される場合もあり、オークションにおける瞬間的な金銭的評価と美術品そのものの評価は別の次元の話しなのです。
もちろん、オークションのカタログなどにはエスティメイトがあり、だいだいの落札価格が示されていますが、しかし、それはオークション会社がその品物の価値や価格を保障したものではなく、過去のオークションでの実績を元にして予想落札価格を表示しているにすぎないのです。言い換えれば、オークション会社は「場所貸し」であって、価値の判断はしておらず、落札価格に関しては、すべて落札者の自己責任なのです。実は、多くの人がこの事実を知らず、長年に渡り美術品の価値や価格を混乱させる原因ともなってきました。

フィクション
以下は、私の創作だと思ってお読み下さい。私の友人に、ある美術大学の教授も勤める現代アートの作家A氏と、あるオークション会社の役員B氏がいたとします。私はそのA氏に100万ドルで作品を注文し、またオークション会社のB氏に、私がB氏のオークションにA氏の作品を出品し、私自身で1000万ドルで落札するから通常20%の手数料を10%に下げてくれるように頼みます。私がB氏のオークションでA氏の作品を1000万ドルで落札しても、オークション会社の手数料10%を引いた900万ドルは私の手元に戻るのですから、その作品の原価は私がA氏に支払った100万ドルとB氏のオークション会社への手数料100万ドルの合計金額200万ドルということになります。 その結果として、A氏の作品はB氏のオークションにおいて1000万ドルで落札されたという実績が残ります。さらに、私の友人の出版社のC氏や評論家のD氏などに依頼して、A氏の作品を1000万ドルの価値のあるものであると宣伝してもらいながら、このような取引を計3回繰り返します。4回目にA氏の作品をオークションに出品した時、マスコミの情報と以前の落札結果を元にして、他のコレクターや投資ファンドなどがA氏の作品を1000万ドルで購入したとすれば、私の手元には1000万ドルから4回分の元手700万ドルを引いた300万ドルが入る計算になります。これは話しはフィクションですが、オークションではこのような価値の捏造も不可能ではないです。

価値の捏造
私は、この第5章「美という名のエネルギー」において、「美」というものが本来持つ「価値」と、市場における「評価」と「価格」の違いをお話ししてまいりました。美術品に限らず、物の「評価」や「価格」は需要と供給という市場原理によって決められています。しかしながら、それが本当の「価値」であるか否かは、それぞれの判断でしかありません。
先の大戦後に構築された情報化社会の中、テレビ・コマーシャルで繰り返し流された家庭用洗剤の名前を覚えてしまうように、我々はさまざまな価値観を刷り込まれてきました。知名度のある物、評論家や学識経験者が「評価」したものに「価値」があると思い込み、さらに我々は、多数決という曖昧な方法や集合意識によって品物や物事の「価値」や「価格」を判断してきたに過ぎないのです。
東西の壁が崩壊して後、さまざまな情報の開示によって、一部のイデオロギーや宗教ですらある種の経済活動であり、また貨幣経済というもの自体が一部の人々の集金システムであることが明らかになった今、既存の価値観は崩壊しつつあります。さらに、未曾有の世界経済の混乱の中で、多くの人々はすでに、捏造された「本物」ではなく、物事の「本質」を模索し始めています。
拝金主義的なシステムから離れ、人として生きるとはどういうことなのか、人間だけに与えられた「美」を愛でるという行為、また「美」を所有するということはどういうことなのか、我々は既存の価値観から離れ、自分自身と向き合い、物事の価値を自らに問い直す時が来ているのです。

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日本人の日本知らず 第28回 ≪美という名のエネルギー13≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
美術品という概念
明治の開国によって日本に欧米的な意識や価値観が導入されるまで、日本には「美術」や「芸術」という言葉はありませんでした。それまでの日本人には、美術品や芸術品という概念はなく、すべて生活の中にある調度や装飾品であり、例えば絵画なども、絢爛豪華な大名の屏風から一般の庶民が楽しむ木版摺りの浮世絵まで、それぞれの需要と供給の違いがあるだけでした。
今、古美術と呼ばれているものも、その当時は特別な美術品や芸術品を作ろうという意識ではなく、すべて真面目な日本人気質によってつくられた実用品でした。ただ、以前このコラムでもお話したように、日本には「普段着と余所行き」という文化があり、「普段使い用」「晴れの席用」、「贈答品」や「献上品」など、それぞれの用途によって、それぞれの「格」と「出来」の違いがあるだけでした。そして、その出来の違いとは、注文主の予算による、それぞれを制作する職人や作家の技量の違いであり、それぞれが内包するエネルギーの違いがあるだけでした。

版画と肉筆
海外の多くの美術館が数多く所蔵し、高い評価を得ている浮世絵と呼ばれる江戸時代の木版画も、その当時は高価な肉筆の絵画が購入できない一般庶民用の印刷物であり、今でも繰り返し数多くが印刷されています。日本の浮世絵は、19世紀末から20世紀初頭の欧米に、その独特の構図と表現によって衝撃を与え、ルノアールやゴッホが影響を受けたことは読者の皆様もご存知でしょう。
しかし、日本では一般庶民の楽しむための印刷物であり、明治初期の紙の乏しい時代には陶磁器を輸出する際のクッションとして、墨摺りの絵草子などをちぎって詰めたように、所詮は廉価版の印刷物でしかなく、消費、消耗される物でした。
二千年の歴史の中で、日本には肉筆の絵画も数多く存在し、江戸期だけでも、土佐派、狩野派、琳派などの絵師が技術者を育成し、公家や、大名、経済力を付けた商人達の需要に応えていました。それ以外にも、近年Mr.Priceコレクションの公開によって再評価されている伊藤若冲から現在三井記念美術館で公開中の柴田是真の絵画まで、江戸時代に生まれた画家だけでも綺羅星のごとくそれぞれの個性を輝かせてきたのです。しかし日本では、このような人気作家の作品は、浮世絵などのように街場で売られることはなく、そのほとんどが注文制作であり、一般に公開されたり、流通システムに乗って売買されることはありませんでした。

価値の創造
明治の開国によって欧米から持ち込まれたシステムの中で、日本が一番大きな影響を受けたのはヨーロッパ型の市場経済でしょう。食物や労働を始めとして、すべてを貨幣という価値に置き換えるシステムは確かに合理的であり利便性の高いものでした。
しかし、この流れの中で日本の美術品や工芸品、また古美術もその渦に巻き込まれて行きます。そして、美術品や古美術などの市場価値を確立し、金融商品として流通に載せるためには、それらの公な評価と、その評価を周知徹底する必要があり、展覧会や博覧会といった、公の場や組織や評論家の評価が必要となってゆきました。
欧米ではすでに18世紀の産業革命後の新しい資本家の誕生により、それまでは日本と同じように調度や装飾品であった美術品や工芸品を流通に載せるために、金銭的な評価と価値判断が進められてきました。そして、それらの価値や価格を決めたのが、いわゆるサロンやオークション、またそれらを支えるオーソリティーといわれる研究者や評論家による評価や価値判断であり、美術品や古美術を金融商品の中に取り込んできたのです。

評価と価値
私がここで読者の皆様に是非一度お考えいただきたいのは、例えばゴッホの作品が何故、数億ドルの価値があるのか、私達は「ゴッホは高い。」という刷り込みによって判断しているのではないかということです。もちろんゴッホばかりでなく、すべての美術品や古美術の相場は何を基準にして、誰がどのようにして決めているのでしょうか。
日本ばかりでなく、世界中に職人や作家と呼ばれる人がおり、もちろん、その中にはただのパフォーマンスや独りよがりの物造りをしている人も多くいます。しかし、いわゆる評論家やマスコミが評価しない作品や市場的な価値の無い美術品や工芸品には価値が無いのでしょうか。
今回、写真を掲載した江戸中期1750年頃に書かれた、いわゆるお大名の調度である源平合戦図屏風はゴッホの作品の10分の一ほどの価格です。ではその価格違いはなんなので商家。美術品ばかりでなく、私達が基準としている価値や価格の判断、そして、それ以前に人間にとって価値のあるものとは何なのか。このような混迷を深める時代にあってこそ、美術品を愛で、収集するという意味をも含めて、もう一度自分自身の意識や価値観を問い直すことに、新しい時代を生き抜くヒントがあるのではないかと考えているのです。

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日本人の日本知らず 第29回 ≪美という名のエネルギー14≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
価値観と美術品
言うまでもなく、価値の認識とは相対的な判断によるもので、人それぞれが有する知識や情報によって異なります。また、価値観はそれぞれの生まれ育った環境や経験によって大きく異なり、それは人の数だけ存在しています。
そして、「美術品」や「古美術」は、それらに価値を見い出す意識や知識が持てなければ、無用の長物でしょう。悲しいことに、21世紀を迎えた今でも、多くの国の多くの人が日々の糧にさえ不自由し、「美」を愛でる余裕などないことも現実です。私は今生を人として生まれ、この日本という豊かな国に育ち、このような文章を書ける立場にいることを改めて感謝しています。
現在、世界中の大都会と呼ばれる街には、美術品や古美術と呼ばれるものが溢れています。しかし、前回のコラム(http://www.fuji-torii.comで公開中)でお話したように、何を基準にしてそれらを美術品や古美術と呼ぶのかが問題なのです。
価格という点では、公開オークションの落札価格などは一応の目安ではありますが、それは、その時々の人気投票のようなもので、たとえ金銭的に高い評価であったとしても、誰がどのような意識と目的で購入したかによって、その価値は変わります。また、たとえ落札価格が低くても、評価すべき「美」は沢山あり、価格だけがそれらの価値を反映しているとは限らないのです。

木版画の意味
前回のコラム掲載後ある読者の方から、日本で江戸時代に刷られた木版画、いわゆる浮世絵とその複製の価値や価格について質問を受けました。その方も多くの外国人の方達と同じように、木版画の浮世絵は原画が描かれた時代に数十枚だけ刷られたものだと誤解しておられました。実は、木版の浮世絵で人気のある図柄は、江戸時代から今日に至るまで、版木自体を何度も彫り直し、その後も大量に刷られているのです。
明治時代に日本の木版画が数多く海を渡り、そのエキソティシズムも含め、日本的な図案や構図などが評価され、ルノアールが収集し、ゴッホが模写したことで知名度も上がり、欧米では多くの美術館が木版の浮世絵を所蔵しています。また、歌麿や写楽などは時折オークションなどで驚くような高値で取引されていますが、日本人にとって木版画の浮世絵は、庶民が楽しむために印刷された廉価版の刷り物だったのです。
確かにその中には、「初刷り」と呼ばれる初版本で、原画を描いた画家、版木を彫った彫り師、それを刷る刷り師や版元が一同に会して色決めや微調整をした特別なものもありますが、二版目からは版元が自由に版木の数を減らし、色を変えて、その後も刷り続けてきたのです。

印刷と手描き
ここで読者の皆様に誤解の無いようにお願いしたいのは、私は決して木版で刷られた浮世絵の「美」や「魅力」を否定しているのではありません。私の店では、今でも肉筆の屏風や掛軸と共に、江戸から明治の木版画や今現在刷られている複製も販売しています。
何故ならば、原画のエネルギーを元にして、彫り師がそれぞれの色ごとに何枚もの版木を彫り上げ、刷り師が丁寧に重ね刷りした木版画は、それぞれのエネルギーが融合した「美」であることに間違いはありません。しかし、大量に印刷された印刷物が、何故オークションなどであれほどの高値を呼ぶのかと疑問を持たれる方も多くおられます。それは、「美という名のエネルギー」の8回目でお話ししたように、希少性がある作者や図柄は、コレクターにとって何物にも変えがたい価値があるのです。
肉筆、木版画、リトグラフばかりでなく、近年ではオフセット印刷や画像をコンピューターに取り込んでプリント・アウトした美術作品まで存在します。そして、このような新しい技術で印刷された作品でも、原画を描いた作者の知名度によっては、江戸や明治時代に描かれた肉筆よりも高値で取引されるという不思議な現象が起きています。
もちろん価値観は人それぞれですが、印刷された物と人が手で描いたものとでは明らかにエネルギーの違いがあり、作者や作品の知名度は、それらの「美」とは違う価値であることを、以前からこのコラムをお読みいただいている皆様にはご理解いただけるでしょう。

既成概念からの脱却
前項でお話ししたような美術品や古美術の価値や価格の混乱は、今までの「美」に関する教育や情報に問題があり、さらにその裏には、金銭目的の捏造や操作があると考えています。「美という名のエネルギー」の13回目でお話ししたように、美術品や古美術の評価や価格は資本さえあれば捏造することが可能なのです。そして、このことは美術品や古美術に限らず、20世紀の右肩上がりの経済の中で、さまざまな分野において行われてきたのでしょう。
この第5節「美という名のエネルギー」で、「美」というものがある種のエネルギーであることをお話ししてきたのは、単なるパフォーマンス的な芸術の評価や投機的な美術品の価格に疑問を投げかけ、20世紀の金銭的な価値観から離れて、すべての「美」を「エネルギー」という同じ物差しで測ろうという試みなのです。
そして、その真の目的は、「美」を通して現代社会のさまざまな物事に対する評価や価格、我々の既成概念や価値観が、何を基準にして造られ、誰のために造られてきたかを、読者の皆様とともに検証してゆきたいという思いからなのです。

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日本人の日本知らず 第30回 ≪美という名のエネルギー15≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
本物ではなく本質
さまざまな「美」の価値を判断するには、その作品ばかりでなく、それらを評論、評価してきた人々の知識や見識が何を基にしているか、その意識や価値観の源がどこにあるのかをも含めて、総合的に判断する必要があります。何故ならば、そのような評論や評価が「美」に対する純粋なものとは限らないからなのです。
もちろん、いつの時代にも怪しい評論や評価に対する健全な批判や正論もありましたが、それらが金銭的な利益を目的としたある種の力によって退けられ封印されてきたことも事実です。この第5節の中でも書いたように、現在多くの「美」の価値が捏造され、ある意味では「美」そのものが金融商品であるかのように売買されています。確かに、資本主義における価値観では、金銭的な評価こそが価値であり、「美」や「人の心」などという曖昧な物には価値はなく、そこに何らかの利益を生み出す要素がなければ必要とされません。
このように、「美」ばかりでなく、長きに渡り「人の心」までをも商品としてきた価値観やシステムが、現代の多くの歪を生み出してきたと考えています。そして、そのような価値観やシステムは一体何のために、誰のために作られたのでしょうか。「闇」があるから「光」が認識できるという相対的な判断の中で、今まで「光」とされてきたものが果たして本当に「光」だったのか、「闇」と呼ばれてきたものが本当に「闇」であったのか、私達は刷り込まれてきた価値観や既成概念から離れ、自分自身の価値観を自らに問い直す時がきていると考えています。

この論考の意味
今回を含め、15回に渡り書き続けてきた、この第5節の「美という名のエネルギー」は、さまざまな「美」というものが、それぞれを構成するエネルギーであることをお話しし、それぞれのエネルギーの質や量を理解することで、「美しい」とは何かを探ってきました。またこれは、金銭的な価値観によって混迷する「美」という概念を、それぞれが内包するエネルギーの種類やジャンルに分けることで整理し、「美」の見方や捉え方、また選び方を知っていただくと同時に、日本的な「美」の在り方をご理解いただくためでもありました。
歪んだ日本の戦後教育によって、多くの日本人は自国の歴史や美術品を知らず、それ以前に自らが生れた国に対する意識すら希薄であるとは皆さんもご存知でしょう。もっとも、日本における美術品や古美術は「解かる人だけの世界」であって、今までは日本人自身が海外に向けて日本の「美」やその「本質」を語ることはほとんどありませんでした。そして、我々美術商も多くを語ることはなく、今までの右肩上がりの経済の中で、多くの美術商が売買ばかりに夢中になり、「美」ばかりでなく自らとも向かい合ってこなかったことも多くの誤解を生んだ原因だと考えています。
私自身も、このような反省の上に立ち、日本の美術品や古美術の魅力や価値、さらにそれらを所有する意味をも含め、より多くの人に知っていただきたいと希望し、ヘラルドトリビューン朝日新聞の誌面で書き続けてきたのです。

新しい世界
古くから貴族や資産家にはノーブル・オブリゲーションという意識があり、金銭的に余裕のある人々の嗜みの一つとして美術品や古美術を収集し、その技術や文化を守り伝えるという意識がありました。もちろんこれは、決して投機的な意識ではなく、人類の歴史や文化に対する純粋な貢献を目的としていました。私は、「美」は「知」の顕れだと考えていますが、「美」を理解するということは人としての「知識」や「教養」の証しでもあると理解しています。
しかしながら、第二次大戦後の混乱とともに、ある種の力や一部のマスコミによって、美術品や古美術の金融商品としての流通が拡大され、とうとう投機的なマネーゲームの材料として「美」の価値を捏造するまでに到り、今日では投機的に価値のある物が優れた美術品であるかのように言われ始めているのです。そして、何よりも問題なのは、金銭的な価値観が先行することで、「美の本質」や「美を愛でる意味」が語られなくなってきたことでしょう。

人として生きる
この第5節を書き始めた数ヵ月後にリーマン・ショックによって世界経済が破綻し、それまでの右肩上がりの経済の中で金銭的な価値を追い求めて来た人々の価値観も崩壊しつつあると考えています。先の大戦後の市場経済の拡大とともに、すべてを金銭的な価値観に置き換えてきたことで、現在のような、さまざまな世の中の歪や人の心の問題を生み出し、多くの人が疑問と不安を抱えながら、人としての新しい価値を求めています。そして、その新しい価値観のヒントとなるのが、目先の利害や利益に左右されない、日本の「物造り」や「美意識」の根本にある、日本人の「思い遣り」や日本古来の「価値観」にあると考えているのです。
東西の壁が崩壊して10年、さまざまな情報の開示によって、一部のイデオロギーや宗教ですらある種の経済活動であり、また貨幣経済というもの自体が一部の人々の集金システムであることが明らかになりつつある今、既存の価値観は崩壊しつつあります。そして、未曾有の世界経済の混乱の中で、多くの人々はすでに、捏造された「本物」ではなく、物事の「本質」を模索し始めています。
刷り込まれてきた拝金主義的な価値観から離れ、人間だけに与えられた「美を愛でる」という行為、また「美を所有する」という意味を自らに問い直すことは、この混沌とした時代にあって、「人としてどう生きるか」を問い直す切掛けとなるのではないでしょうか。

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日本人の日本知らず 第31回 ≪おてんとうさまは見ている1≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
日本人気質
外国人から見れば、日本人は色々な意味で不思議に見えるかもしれません。例えば、同じオフィスにいる日本人の中には、誰に言われたわけでもないのに成績や利益に関係ない仕事をしたり、必要以上にオーバー・クオリティーの物を作ったり、自分には関係ない地味な仕事に夢中になったりと、決して合理的ではなく、むしろ自分自身の時間を削ったり、物理的に損することを承知の上で物事を成すことがあります。
19世紀末、日本の鎖国が終わるとともに日本を訪れた外国人が、このような日本人の真面目さや勤勉さ、礼儀正しさや思いやりに驚き、この国の美しい風土と日本人気質を絶賛して、日本を去る時には、「この美しい国と日本人は、いつまでもこのままでいてほしい。」という言葉を残しています。その後の150年間で世界は大きく変わり、日本も時代に翻弄されるように大きな変化を遂げました。それは日本人の意識にも言えることで、欧米の合理主義や個人主義的な戦後教育を受けた日本人の中には、昔からの日本的な在り方に批判的な人も増えていますが、やはり日本人独特の真面目さや勤勉さは根強く残っているようです。

第6節のテーマ
外国人が日本に来て先ず感じるのは、専門の清掃員のいる空港などの公共施設ばかりでなく、どの街にもゴミが無く、清潔なことだといいます。私の店のある原宿・表参道も、それぞれの店舗がその周囲を清掃し、春の木の芽や秋の落ち葉掃き、冬の雪かきなどをしています。清掃員や従業員のいる商業地以外の住宅街でも、それぞれの家が自分の家の周りを清掃し、人によってはより広い範囲を自ら掃除しているのです。
ご存じの通り、外国では自宅の周りの掃除や雪かきを法律で義務付けている国もありますが、日本にはそのような法律はなく、今でも多くの日本人が、自分が関係する場所を掃除することは「あたりまえ」であると考えています。それは他人や法律に強制されるのではなく、自分自身の気持ちとして、自分のためばかりでなく、他人のためにも、「きれいな方が心地良い」、また、汚れたままにしていることを「恥ずかしい」と考えるからなのです。では、このような日本人の「あたりまえ」や「恥ずかしい」という意識はどこから来るのでしょうか。今回から始まる、「日本人の日本知らず」の第6節では、外国人から見れば不可思議な、日本人の物事の捉え方や考え方、発想や行動の根本にある価値観や倫理観を、日本人の宗教観をも含めて、できるだけ平易に綴って行きたいと希望しています。

武士道
数年前に日本でベストセラーとなり、このコラムでも紹介した、藤原正彦氏の「国家の品格」という本の中では、欧米人のように確固たる信仰を持たない日本人が勤勉さや道徳心を維持している理由を、日本の「武士道」の精神にあるとしています。
日本の武士はただの支配階級や特権階級ではなく、国や民を守るために私利私欲を捨て、いつでも命を投げ出す覚悟をしていた人々で、自他共に「人として恥ずかしい行為」を嫌い、先祖代々の家名においても「恥を重んずる」意識があり、汚名をそそぐために「切腹」までしたように、彼らは常に死と隣り合わせにありました。
「武士道」とは、そのような武士達の規範として、どのように生き、また、どうしに死ぬかを自らに問うものでした。そして、そのような武士の在り方が武士以外の身分の人々にも大きな影響を与えたことは確かでしょう。 しかしながら、江戸時代における武士階級はほんの一握りであり、武士以外の農民や職人、商人の方が絶対数は多く、明治時代に日本を訪れた外国人が残した記録にも、「日本人は身分や貧富に関わらず道徳心があり勤勉であった。」と記されています。
では、武士以外の身分の人々がどのようにして勤勉さや道徳心を維持していたのでしょうか。私はこの答えとして、日本人が古くから培ってきた、「おてんとうさまが見ている。」という意識にその根本があると考えています。

おてんとうさまは見ている
一口に「おてんとうさまが見ている。」と言っても、外国人の方々には理解しにくいかもしれませんが、「おてんとうさま」を漢字で表わすと「お天道さま」と書き、これは「天の道」であり、天体の運行に象徴される宇宙の営みを意味しています。言い換えれば、「天の道」とは、人類が発生する以前から存在する「宇宙の秩序を司る真理」であり、そのような「天の真理は常に存在している。」という考え方なのです。
このように、日本人は自らの思考や行動を「宇宙の真理」、わかりやすく言えば「自らの良心」に照らし合わせ、人としての正邪や物事の可否を判断してきたのです。そして、このような日本人の在り方は、人間が信仰や宗教を創り出す以前、「神」や「仏」という概念が生まれる以前から日本人が持っていた倫理観であり、その根本にあるのは、私達に食物や子孫を授けるとともに飢餓や天変地異をも起こす大自然を恐れ敬う意識なのです。やがて、このような日本古来の意識は後の日本の「神道」に受け継がれて行きます。

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日本人の日本知らず 第32回 ≪おてんとうさまは見ている2≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
本来の「神道」
日本の「神道」の話をすると、今でも多くの外国人が、先の悲しい大戦時の「バンザイ玉砕」や「カミカゼ特攻」などのイメージと重ねて、カルト的で危険な信仰だと誤解しておられます。これは、戦後の教育を受けた日本人にも言えることで、「神道」と聞いただけで「右翼」と考える人も多いのです。しかし、これは大きな間違いであり、日本と日本人を理解する上で大きな障害となっています。
この第6節でお話ししようとしている、外国人から見て不思議に見える日本人の考え方や行動を理解するためには、先ず太古から続く日本人と大自然との関わりを理解し、そこから発した本当の「神道」を理解する必要があるでしょう。そして、是非とも読者の皆様に知っていただきたいのは、本来の「神道」が信仰や宗教ではないということであり、他の信仰や宗教のように人間の救済や信者の安泰を目的としたものではなく、民族や個人の利害には関わらないということです。日本古来の「神道」は、ただ日々の無事と穏やかな日常に感謝する日本人の生活の一部だったのです。

自然との共存
「神道」は、この奇跡の地勢によって生まれた、豊かな自然と清らかな水に恵まれた島国にたどり着いた人々が、気候や天変地位をもつかさどる「天」を崇め、日々の糧を生み出す「地」に感謝を捧げる行為や儀礼に始まります。平たく言えば、日本人は宇宙の運行と大自然をつかさどる根源の存在を畏れ敬い、絶えることなくの食物が湧き出る山や森、川や海に感謝し、すべての現象や存在が「神(精霊)」の顕れであると考えたのです。
このように、「神道」において尊ぶべき対象は、宇宙の根本存在を始めとする、国土や森、山や岩、海や湖水、泉や川であり、太陽や地球が織り成す風や雨などの大自然の営みから住居やトイレにいたるまで、「八百万」と言われる数多くの「神(精霊)」が存在し、それぞれが尊い存在であると認識していたのです。

「神社」と「神職」
この島国に住み着いた人々は、人間が勝手に山や海の幸を採集し、森の木を伐採し、この土地に住まうことを、それぞれの「神(精霊)」に許しを求め、また、嵐や地震をも起こす「神(精霊)」を鎮めるために、特定の場所を設けて供え物を捧げました。その場所が後に「神社」と呼ばれる施設となり、その施設において「神(精霊)」との交信を担う専門職を「神職」と呼ぶのです。
そして、今では信仰の対象と勘違いされている「神社」という場所は元々、さまざまな「神々(精霊達)」を迎える拠り代であり、また「神職」とは「神々(精霊達)」にさまざまなお伺いを立てて人々の感謝を伝えるシャーマンであり、政治的な指導者や支配者ではありませんでした。このように、古代の「神道」では「神社」や「神主」は信仰の対象ではなく、一神教や他の宗教のような擬人化された「救世主」や「指導者」、「教祖」や「カリスマ」は存在しないのです。

先祖崇拝
さらに「神道」にはもう一つの側面として「祖先」への敬意と感謝があり、それは、私達の親の親にはまた親がいるように、自らの親を始めとする多くの祖先が繋いできた命に対する敬意と感謝なのです。そして、その命の源をたどれば宇宙の創造主である「根源神」に繋がり、自らもその末裔として「神(精霊)」の分霊を宿す存在であると日本人は考えてきました。
故に、神社に備えられた「鏡」に向かって参拝するのは、自らの内なる「神(精霊)」を確認する行為でもあるのです。さらに「神道」には、先祖代々暮らしてきた土地、また、これからも子供や孫達を育んで行く土地に対する感謝があるのです。
このように、日本古来の「神道」は宗教でも信仰でもなく、人々の暮らしの中から生まれた畏敬や感謝の儀礼であり、それは人間の利害や欲得以前に存在するものであり、日本人の在り方そのものなのです。日本人の意識や考え方を理解するには、このような有史以前から続く日本古来の「神道」の在り方を理解することが必要でしょう。さらに、太古から続く本来の「神道」と、1868年の明治維新によって樹立した明治新政府が整備し、後に政治的に利用する「国家神道」とは、まるで違うものであることを知る必要があるでしょう。

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日本人の日本知らず 第33回 ≪おてんとうさまは見ている3≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
「神道」と日本人
前回の第6節の2において、日本人の意識や考え方をご理解いただくために、日本古来の「神道」を取り上げたことで、外国人ばかりでなく日本人読者からも、「神道」の「八百万」といわれる「神々」や「神社」に関する質問が寄せられました。このことは、このコラムのタイトルである「日本人の日本知らず」という日本の現状を表しているでしょう。
このコラムでは誌面に限りもあり、「神道」のさまざまな「神々」や、それらを祀る「神社」に関しては、他の専門家の方々にお任せするとして、今回は日本の長い歴史の中で変化してきた「神道」についてお話ししたいと希望しています。

変化してきた「神道」
一口に「神道」といっても、その在り方や解釈は長い歴史の中で、さまざまに変化してきました。日本人は、中国大陸で政変が起こる度に海を渡って来る難民とともに、彼らの知識や技術を受け入れてきました。同時に、渡来人の信仰や哲学である「仏教」や「儒教」なども取り込み、それぞれの「仏」や「神」を「神道」に習合してきたのです。私達は、古い信仰や宗教の教義や在り方は、その始まりから一貫したものと考えがちですが、それらは時代や社会の変化とともに、時代時代の為政者や権力者の意向に合わせて、さまざまに変化してきたのです。
これは「神道」にも言えることで、日本の歴史において大きな節目であった19世紀末、徳川幕府から明治新政府への政権交代において、新政府は立憲君主制を敷くために、それまでの「神道」を改革し「国教」としました。その後、日清戦争、日露戦争を経て、日本政府による「神道」の政治利用は、先の悲しい大戦の終戦まで続きました。
この時代の「神道」を特に「国家神道」と呼びますが、外国人、日本人を問わず、今でも多くの人が「神道」と聞いてイメージするのは、戦前の日本政府によって作られた「国家神道」なのです。先ず以って、すべての読者の方々に、是非ともご理解いただきたいのは、「国家神道」は明治になって整備されたものであって、本来の「神道」とは異なるということです。

「神道」の誤解
戦後の日本では、「国家神道」が先の悲しい戦争の一翼を担ったとして、「神道」自体を日本人から遠ざける風潮がありました。特に終戦当時に小学生や中学生であった人達は、「神道」自体が「好戦的な右翼思想」であると教育され、戦時中の悲惨な体験を含めて、「神道」と聞いただけで嫌がる人もいるのです。しかし、そのような人々は本来の「神道」の在り方を知らず、先の悲しい戦争に利用された「国家神道」と混同している場合が多いのです。
本来の「神道」は日本の歴史や文化、日本人の意識や在り方を支えてきた大きな要素なのですが、悲惨な戦争の記憶と、「神道」に対する根本的な誤解によって、戦後の日本では「神道」そのものを日本人から遠ざけてきました。その結果、大変悲しいことに「神道」は、新年の「初詣」や子供が生まれた時の「お宮参り」、子供の健康を祈る「七五三」などの行事やイベントのようになりつつあるのです。このような状況が、外国人ばかりでなく、戦後生まれの日本人が自国の歴史や文化を知る上で大きな障害となっているのです。

私達も「神」の一部
そもそも「神道」は、この島国に住み着いた人々が、宇宙の運行を始めとする大自然の営みを畏れ敬うための儀礼や作法であり、信仰や宗教ではないのです。古代の日本人は、すべての存在には「神」が宿り、すべての事象は「神」の顕れであると考えていました。故に、日本には「八百万」と言われるさまざまな「神々」が存在し、そのような「神々」に日々の安泰や五穀豊穣を感謝する行為それ自体が「神道」であり、日本人の生活の一部だったのです。
しかしながら、多くの人々が「神道」を誤解している理由もまた、このような数多くの「神」の存在と、その「神」という言葉の間違った理解にあるでしょう。 本来、「神道」における「神」とは、「宇宙を創造した根本のエネルギー」そのものであり、宇宙の運行や大自然の営みのすべてが「宇宙の根本エネルギー」=「神」の顕れなのです。
そして、日本の神話に登場する数多くの「神」も「宇宙の根本エネルギー」の顕れであり、その「神々」の末裔である私達もまた、「神」=「宇宙の根本エネルギー」を宿しているのです。このような考えが、日本の古来の「先祖崇拝」の根本を成しており、「神道」の基本となっているのです。ある意味では、このような考え方は最先端の量子力学に通じるところがあるかもしれません。

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日本人の日本知らず 第34回 ≪おてんとうさまは見ている4≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
「天皇陛下」
この島国に移り住んだ、さまざまな人々が後に日本人を形勢し、アミニズムを原点として、比較的温暖な気温と豊かな水、森と海から食物が溢れるこの島国の自然に対して感謝を捧げ、地震や荒天などの天変地異を鎮めるために、各地にシャーマンが発生します。悠久の時の流れとともに、多くのシャーマンの家系が融合し自然淘汰されて行く中で、一つの家系が後の「天皇家」へと繋がってきたのです。
このことからも、本来「天皇家」というものは、元々この国の統治者や為政者ではなく、この国が穏やかで人々が安らかであることを「神」に感謝するための祭祀を司る家系であり、また「天皇陛下」を中心とした「神道」というものが「信仰」や「宗教」でもないこともご理解頂けるでしょう。このように、「天皇家」とは祭祀を生業とし、その血筋は別として、日本人の家系の中で有史以前から現代まで辿れる唯一の家系なのです。

祭主の長
古代から日本には地域ごとにさまざまな「祭祀」があり、その土地に住む人々や縁の在る人々が「祠」や「社」を造り祭祀を行ってきました。「天皇家」は、そのような地域の祭祀を司る人々の長として、特定の地域だけではなく、この日本とい国全体の祭祀や儀礼を担う存在なのです。もちろん長い日本の歴史の中では、直接それぞれの「天皇」が国政に関与した時代もありましたが、古代から日本では祭祀と政治は個別のものであり、元々「天皇陛下」には官位の任命権があるだけで、日本の国政は一部の貴族や武士に委ねられてきました。
このように「天皇家」とは、この島国に国家という組織が形作られる以前から、この国の繁栄と安泰を日々祈り続け、日本人が「儀礼」や「生活」の規範としてきた家系であり、日本人の心の拠り所なのです。そして、江戸時代までの多くの日本人にとって「天皇陛下」は、決してこの国の支配者や為政者ではなく、まして「天皇」=「神」などという、「現人神」ではありませんでした。

「人格神」
外国人ばかりでなく、現代の多くの日本人が「神道」や「天皇陛下」という存在を誤解する大きな原因には、「人格神」という存在があるでしょう。「人格神」とは、この国にとって偉大な功績を残した「天皇」や「貴族」、「武人」などを、その没後に「神」として祀った人々を呼びます。
そして、そのような人々を「ご祭神」とした「神社」も数多くあり、近代の代表的な例は東京の明治神宮でしょう。また、「人格神」として祀られた中には、偉業とは真逆の場合もあり、例えば菅原道真公を祀った大宰府の天満宮などのように、この国や「天皇家」に禍根を残す人々を「神」として祀ることで、その人の怒りや恨みを鎮め、災いを避けるために建立された「神社」もあるのです。
長い時の流れの中で、一部の「神道」は「仏教」などの「来世での救済」や「現世利益」といった思想の影響を受け、「人格神」などを「神」として信仰し、それらが人間の「願い事」や「欲望」を叶えるとした「お陰信仰」に変化してきました。そして、いつしか日本人は、「神を畏れ敬う心」を無くし、不遜にも「神」を、小銭を投げつけて使役する存在にしてしまいました。さらに、かつての日本では「正神は言上げせず。」と言うように、本来の「神」は人間界には関わらず、また「触らぬ神に祟りなし。」と言われるように、たとえ「神」と呼ばれる存在でも、すべてが「崇高」な存在とは限らないことを忘れてしまいました。

「天皇陛下」と「国家神道」
「天皇陛下」は、長い日本の歴史において、祭祀を通じて日本人の心の拠り所となり、また政権が変わるたびに国政を担う者達を任命してきました。そして、その任命権ゆえに、時代時代の権力や勢力によって、さまざまな形で政治利用されてきたことも事実でしょう。
江戸末期から明治初期にかけて、後に明治新政府となる勢力は、その政権の基盤をヨーロッパ型の立憲君主制に求め、「天皇陛下」を政治利用して、太古から続く本来の「神道」を改革し、「国家神道」への道をたどりました。
確かに、この改革によって日本の近代化は一気に進むのですが、明治から太平洋戦争の敗戦に至るまでの間、一部の政治家と軍部が、「天皇陛下」の御威光と「国家神道」を国内の統制や外国との戦争遂行に利用してきたことが、外国人ばかりでなく、現在でも多くの日本人が「神道」とともに「日本の歴史」を誤解する大きな原因となっているのです。

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日本人の日本知らず 第35回 ≪おてんとうさまは見ている5≫
初出:英字新聞/ヘラルドトリビューン アサヒ 2006-2007
国家神道への道
多くの外国人と日本人が日本古来の「神道」と混同している「国家神道」の発生は、江戸末期(1853年)にアメリカ海軍の艦隊が浦賀沖に現れ、補給のための寄港と交易を要求した、いわゆる「黒船来航」に遡ります。当時の為政者であった徳川幕府は、オランダからの教書によってアジアや新大陸における欧米列強の武力による植民地支配の情報を得ており、幕府は大局に鑑みて独断で修好通商条約の締結に応じ、事実上日本は開国します。
それを不満に思う一部の武士がテロや暗殺行為を起こし、外国に門戸を開放する「開国派」と、国交や外国人の受け入れを拒否する「攘夷派」に分かれた騒乱が始まります。このような流れには、徳川幕府の縁戚である水戸の徳川家の思想「水戸学」から出た「尊王攘夷」思想があり、また、時の孝明天皇や公家達が開国を「善し」としていなかったという背景がありました。そして、開国に対する不満は、同時に徳川政権自体に不満を持つ有力な大名や公家達を結び付け、後に徳川幕府が政権を返還する「大政奉還」へと繋がるのです。

薩摩と英国
アメリカの内戦である南北戦争によってアジア進出に「待った。」のかかったアメリカと入れ替わるように、アジアを海岸つたいに植民地化してきたイギリスは、アヘン戦争によって中国清朝から香港を割譲すると、次にその矛先を日本に向け、交易を表看板にして日本の覇権争いに参加します。しかし、この日本という島国には、武士という戦闘集団がおり、海に囲まれていることから兵站の補給もままならないことから武力による統治は難しいと判断し、国内の勢力を分断して統治する戦略に切り替えます。
徳川幕府に積年の恨みを持つ大名の一つ薩摩藩は、黒船来航当初は外交や外国人の受け入れを拒否する「攘夷論」を建前としており、横浜の生麦で薩摩藩の大名行列の邪魔をしたという理由で、英国人を斬り殺すという事件を起こします。その報復のために派遣された英国の大艦隊に九州の南に位置していた薩摩藩は完膚なきまでに叩きのめされ、その圧倒的な軍事力を目の当たりにした薩摩藩は、掌を返した様に開国論に傾き、英国に対して賠償金を支払う流れの中で、英国と密貿易を始めます。このような薩摩藩の開国への方向転換が他の開国論を唱える勢力と結び、徳川政権に不満を持つ公家などを巻きこんで幕府からの政権の奪取を画策し始めるのです。

国家戦略
物事には「良い悪い」、「善悪」はなく、それは、どちら側から光を当てるか、どのような立場から物事を見るかによって大きく変わります。19世紀末の国際的な国家戦略では、欧米から見て近代化の遅れた南米やアジア諸国は、胡椒や生糸などのさまざまな産物を生産すると同時に、自国の文明や金融システムを持ちこむことで大きな利益を上げられる存在であり、先進国が自国の国益を重視すれば、武力や金融による未開の国の植民地化は必然の流れでした。
当時の植民地化の一つの手段として、先ずは船舶の水と食料の補給のための寄港と交易、領事や宣教師などの駐在、当事国の王室や政府との関係構築にはじまります。その後、先進国の費用で相手国の優秀な若者達を留学などの名目で連れ帰り、自国の文明を見せて近代化の重要性を説き、法律や政治制度、貨幣や金融制度を教育します。そこで、先進国の近代化を目の当たりにした若者達は帰国後、自国の近代化のために命を懸けて働き、先進国はその後押しをして傀儡政権を打ち立てるのです。これは、武力による支配の難しい国をその内部から崩壊させるための国家戦略であり、ある意味では今でも続く外交戦略の常套手段なのです。

近代化の裏
先進国から見れば、当時の日本は未開の国であり、前項のような外交戦略は当然の事として行われました。まだ一般人の海外渡航が禁じられていた時代に、薩摩藩などの下級武士達は密出国して英国に渡り、圧倒的な近代文明を目にした若者達は帰国後に自国の近代化のために動き出すのです。
確かに、当時命がけで海を渡って多くを学び、日本の近代化のために尽くした勤皇の志士達の志は尊く、名もなき人々をも含めた彼らのお陰で日本の近代化は他のアジアの国に比べても逸早く達成します。
しかしながら、私は歴史を理解しようとする時、いわゆる「勝者の書いた歴史」でなく、疑いようの無い歴史的事実に基づき、商人という立場で、その歴史の裏で「誰が儲けたか。」という穿った見方をします。
日本においても、幕末から明治初期にかけての国を二分する激しい内戦と、その後の明治新政府の樹立や近代化の過程において、その裏で武器や資金の提供、そして多くの利権を得た勢力が存在したことを知るべきだと考えています。
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